づれづれ草

コラム「づれづれ草」について
北九州で農業にたずさわる渡辺ひろ子さんの個人紙『私信 づれづれ草』からの転載です。2007年6月、30年続けた酪農に自ら終止符を打ったとのことですが、農業にはこれからもかかわっていくと、日々の思いを気丈に綴っています。
挿絵も渡辺さんが描いています。
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臓器移植

 臓器移植法が改正され、本人の意志とは関係なく、家族の同意で脳死臓器提供が出来るようになり、立て続けに移植が実施されました。これって、どうなんだろう、と考え込んでしまいます。医学の進歩で、人はなかなか死ななくなり、「脳死」なんて状態で、法律で「これは死です」と判定してもらう。それ自体、何だかイヤ。その上、その体から臓器を取り出して他の人に移植するなんて、う〜ん、どうなんだろう。
 私は宗教者ではないけれど、「私のいのち」って何だろう、とか、生きることと死ぬことの距離とか、考えてしまいます。人間はどんどん死ななくなって、でもそれが幸せとイコールではない日常があって、一方には無意味に殺されるいのちがあって…。
 臓器移植そのものに異議を唱えることはおおっぴらには出来ない時代になってしまいました。「移植で救える命があるのに」「自分の子どもだったら、どうなんだよ」と言われると黙り込むしかありません。
 科学は人類にたくさんの幸せをもたらしたと同時にたくさんの不幸せも強いてきました。「進歩・発展」がすべて「善」だと信じないこと、立ち止まって「本当にいいことなのか?」と自問する時間をたっぷり持つことが、何事にも必要だと思うのですが…。
 死ぬのも難しい時代です。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.28(2010.8.31発行)より転載

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鳥日記

 サギとカラスばかりの夏が過ぎて、そろそろ身近なところでもいろんな鳥たちが見られる季節になりました。といっても、今、野山や村や町を制圧しているのはヒヨドリです。年中いるはずなのに、真夏にはどこに隠れていたのか声も姿も見せなかったヒヨドリが今、わが者顔でヒーヒーキーキーとうるさいこと限りなしです。
 でもヒヨドリばかりじゃないですよ。
 先日、朝、犬の散歩中に、電線に止まっている一羽の鳥に気付きました。キジバトかな? でも、よく見ると頭の大きさ形が明らかにワシタカ系。おっ、ハヤブサか?
 急いで、犬を引っ張って家に帰り、カメラを持って行きました。まだ居てくれ、まだ居てくれ、と念じながら。
 おおーっ。まだ居た! そーっと近づいて撮ります。もうちょっと近づいてもいいかな、と何歩か進んで撮ります。まだいいかな、と近づきます。どうやら、長旅でお疲れだったようで、ほとんど真下に近づいても動きませんでした。
 帰って図鑑で調べたら「チゴハヤブサ」でした。しっかりカメラ目線でカッコよく撮れています。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.29(2010.10.13発行)より転載

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産業としての自立

 3日のこのETV特集、残念ながら見逃しました。この新聞を見て「ああ、テレビを観ればよかったなあ」と後悔。
 「農業を既得権益漬けにし、産業として自立する芽を摘んできた戦後農政の歩み」という言葉にちょっと引っかかりを感じています。
 「産業としての自立」? それは、グローバル化に対応できる競争力をつけろということでしょうか? それは、規模拡大・合理化ということでしょうか? それで、産業として自立できるのでしょうか? 農家・農村を踏み台にして肥大化した自動車や家電産業は産業として自立しているといえるのでしょうか?
 そもそも、農業は「産業」というくくりで、「自立」を迫られるべきものでいいのでしょうか?
 ここ数年、うちの周辺の田んぼで、ヒエがワサーッと稲穂を覆い隠すくらい伸びた田がとても増えました。ヒエを生やすのは百姓の恥という気持ちを持った年代が高齢化で働けなくなったのです。息子世代はヒエを恥と思わず、高性能の(もちろん高価な)コンバインはヒエ田も上手に刈り取ってくれます。
 「それでいいのだぁ」とバカボンのパパは言うだろうか?
 農政の誤りを検証しても、壊れた百姓の精神は再生出来ないのでは…と、マイナー思考の私は思ってしまうのです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.29(2010.10.13発行)より転載

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栗の木の下

 わが家から上の大きい道路に出る坂道(車一台がやっと通れる幅)の途中に小さな栗の木が2本あります。栗が実ると道に落ちます。
 先日、夜、外出先から10時半頃帰ってきて坂道を下ってくると、ちょうど栗の木の下に、なんと、イノシシが並んで落ちた栗をあさっているのに出くわしました。ウリ坊より少し成長したくらいの子イノシシばかりです。いち、にい、さん…数えたら5頭もいました。
 車のライトに照らされても動じる様子もなく、栗を探しています。ゆっくり進んで行くと6〜7メートルくらいになったところで、やっと脇の茂みに這い登って行きました。
 翌日、隣のおばさんが「昨日、畑にマルチを敷いて、たまねぎやブロッコリーの苗を植えたのに、今朝見たらイノシシにぐちゃぐちゃに踏み荒らされてしまった」と怒りまくっていました。あの5頭があの後やらかしたのでしょう。
 イノシシ、確実に増えています。人家に平気で近づくようになっています。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.29(2010.10.13発行)より転載

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変な人たち

 田川研という人が書いた『蝶も蛾もうつくしい』という本をわざわざ注文して買いました。要するに「蝶は美しいから誰にも好かれ、蛾はその反対に嫌われる。でもよく見てごらん。蛾も美しいんだよ」という「蛾賛美」本です。オオシモフリスズメという蛾がいるそうです。この蛾は、止まる時に羽をぴったり体に沿わせ、腹部を真上に反らせて止まるのだそうで、それを「なんてカッコいいんだ。まるでチョコレートパフェじゃあ!」などという人たちがいて、そのオオシモフリスズメを捕まえるために、夜明けの高速道路のサービスエリアにわざわざ出かけていくのだ、というようなことが書かれています。(注)
 鳥師匠変態三丸さんに言わせると「虫に夢中の人たちが一番変!」だそうです。まぁ、五十歩百歩と思うけど…。
 世の中、変な人たちがあちこちにひっそりと変な暮らしをしていて、その結果、世の中そのものが変な方向に流れ込むのを防いでいるのかも知れないと思うのです。
 変態万歳!
     (注)夜、明かりに集まって来て、朝落ちていたりするらしい

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.29(2010.10.13発行)より転載

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柴田秀吉さんの訃報

 宇佐の都留さんから葉書が届きました。
 「8月9日、柴田さんが亡くなりました」驚きました。7月中ごろに通信「自鋤庵記5号」が届き、その中に「7月31日〜8月3日、湯布院で草花の挿絵の個展を開く」というお知らせが入っていたので、お元気なものと思っていたのに。柴田さんは昨年「体調不良」を理由に長年発行されていた通信『すわらじ』を廃刊され、以後、A4にカラー印刷で草花の絵と短い詩が書かれた「自鋤庵記」が思い出したように届くのを楽しみにしていました。
 柴田さんには一度しかおめにかかっていません。岩波書店発行の月刊誌『世界』の2001年4月号に田中伸尚さんが連載を始められた「憲法を獲得する人々」の第一回目に私のことを取り上げていただいたのですが、それを読んで、都留さんが別府の中村健さん(故人)と柴田さん夫妻を誘って4月2日築城基地座り込みに来て下さったのです。その後、中村さんと都留さんは何度も来て下さったけれど、柴田さんは体調のこともあり、その一度だけでした。
 でも、それ以降、通信のやり取りだけは続いていまして、柴田さんの文章のうまさに敬服していました。そんな付き合いだったので、柴田さんという人がどういう人だったのかよく知らないままで、今回、訃報によって、経歴等が少しわかった次第です。
 最後の「自鋤庵記」の絵は「ヒゴタイ」です。三丸さんと由布高原に鳥見に行った日、草原の中にぽつりぽゆりと立つヒゴタイの青いボンボンが見えました。絶滅危惧種だそうです。柴田さんが見せてくれた気がしました。
 柴田さん、「自鋤庵記」用のファイル、ガラ空きですよ。もっともっと続けて届くのを楽しみにしていたのになぁ。 ご冥福を。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.28(2010.8.31発行)より転載

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浮世詠んで「憂さ晴らし」

浮世詠んで「憂さ晴らし」
男の本音・乳がんの妻・基地問題・・・1300首

 みやこ町豊津、元農水省福岡農政事務所職員の原田吉冶さん(65)が安本淡[あんぽんたん]のペンネームで初めての歌集「憂さ晴らし」を自費出版した。妻は旧豊津町時代から、現在のみやこ町まで町議を通算6期務め、乳がんと闘い続ける原田さやかさん(63)で、ふたりで歩んできた日常生活の喜怒哀楽を、絶妙の感覚で詠んだ短歌集に仕上がっている。   (安楽秀忠)
みやこの原田さん、自費出版
 短歌を姶めたのは50年近く前、母親が37歳で亡くなったころからだった。歌集はその母にささげ、発行日は50回忌にあたる今月2日にした。
 自分の短歌を「手帳の端の走り書き」と評する。日々の生活の中でわき出てくる男の本音やつぶやきを言葉にしたという。さやかさんとの感情のやりとりが、読む人を思わずクスッと笑わせる。
  「なじられる訳あるときはただ黙り 嵐過ぎ去るときを待つだけ」
  「暖房の全てを切りて出勤す 起きぬ妻への報復と知れ」
 そうは詠みつつ、さやかさんが10年余り前、乳がんの手術をすることになった際には、
  「乳房切る 日は十一日と決まりたる われはそれ迄飲まぬと決める」
 妻とともに病気と闘う気持ちを素直に表現している。
 長年、労働組合運動や政治活動にも携わり、気骨のある面ものぞかせる。
  「演説の声を掻き消す 皐月雨 築城基地には傘の花咲く」
 このほか、職場や通勤途上で観察した物事を詠んだ短歌など、1万首を超える歌の中から厳選した1300首を収録している。
 元々、掛けことばが好きで、退職後からペンネームを名乗るようになったという。原田さんは妻へのざんげの念を込めて、取材の最後にこう詠んだ。
  「詠む歌は その場限りのワンシーン 活字となるに 憤り買う」
 四六判194ページ、1260円、海鳥社(092・771・0132)刊で、1千部印刷した。行橋市内などの書店に並んでいる。
『'10.10.22 朝日新聞』より

 20年来の友人で、反基地運動の仲間でもある原田さやかさんの夫・吉治さんの短歌集です。短歌集というと敷居が高いと敬遠しがちですが、これは違います。短歌集を読んでこんなに笑ったの初めてです。身近に原田夫妻の日常を知る私なんぞは、もう、爆笑です。さやかさんは「全部買い占めてどこかに押し込んでしまいたい」と言ってます。私がこんな所にドカッと「宣伝」したら、いっそう嘆くだろうと思いつつ、あえて載せました。
 吉治氏、短歌の新境地を切り拓いた、の一冊です。
 
 ソファーに寝るわれを詰りて 畑に出し パソコン盾に転寝の妻
 
 妻のする作業すべてを家事と言い われが為しても家事とは言わぬ
 
 届きたる栗剥きおれば 剥かぬ妻 渋皮残さず取れと指示する
 
 もちろん、妻への苦言ばかりじゃなく、しみじみモノや背筋のピンと伸びた歌もたくさんあります。「言葉を磨いて磨いて」詠んだ歌というより、日々のつぶやきをそのまま文字にしたという感じで、今風のツイッターに通じると言ったら吉治さん、怒るかなぁ。
 みなさんにぜひ読んでもらいたいのですが、原田氏の手元にももうないそうなので、海鳥社に注文して下さい。
 二人とも親なし子なしでずっと二人暮しの原田夫妻。今、二人で晴耕雨読の日々。野菜は吉治さん、花はさやかさん。おだやかとは言い難い二人の会話の微妙なズレがはた目になかなか楽しいですよ。いいコンビです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.30(2010.11.24発行)より転載

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(2011年1月18日)

 遅まきながら、新年明けましておめでとうございます。
 別に、正月だからといって特別なことは何もない我が家です。でも、年末年始の大雪にはちょっと驚かされましたねぇ。我が家の周辺では積雪量は大したことはなかったので、雪国の方々には申し訳ないくらいなのですが、それでも、2日の基地前座り込みにみんな来られないのでは、いや、私自身が行けないのでは…と気が気ではありませんでした。(実際には、2日の午前中だけ奇跡的に青空がのぞき、風もなく穏やかな座り込み日和でした)
 実は私、12月の初め頃に事故りまして、長年愛用のトラックを「大破」させてしまいました。このトラックは積載量850キロとハンパな大きさではありましたが、私の酪農人生の半分くらいを共に働き、乗用車を買う前は、遠出の外出も常にこれでした。普通車貨物なので毎年車検で結構費用がかかるので、酪農をやめた時点で軽トラに替えようと思いながら、でもまだちゃんと動いてくれるので決断できずにいました。「苦楽を共にした相棒」なので…。
 12月3日早朝、酪農ヘルパーの仕事に行く途中、信号のない交差点で乗用車と出会い頭の衝突です。さいわい相手側に停止の標識があり(私も当然、徐行義務があるのですが)だから運転席のドアにぶっつけられた相手も病院へ行くなどと言い出すこともなく、物損だけで解決しました。最終的に責任は相手が8割・私が2割ということになりました。私の愛車は修理不能で廃車にしました。代わりに中古(かなり古い)の軽トラを20万で買いました。(牧場のバイトの通勤に乗用車を使うとどうしても臭いが染み付いてしまうので、トラックが必要なのです。)
 8割相手の保険から出るというので、楽勝で軽トラ20万はもらえると思っていたら、何と私の愛車の評価額が10万7千円で、その8割だとかで8万少々が入金になりまして、大変な赤字となりました。ええっ、私の相棒評価って、そんなに低いの?と愕然としましたが、かれこれ20年近く乗って、しかも、かなりハードな仕事をさせてきたので、まあ、仕方ないでしょう。人間も車も古くなると評価は下落するばかりです。
 で、何十年ぶりかに、軽トラに乗る日々が始まったのですが、なんと頼りないことか。怖いくらいにふわふわ感があり、これで事故ったら即「病院行き」って慎重に運転しています。年末の雪の日、バイトの帰り道、ちょっと峠を越すのですが、ベチャ雪が1センチほど積もっていただけで、ずるずる尻を振って進めなくなり、とても焦りました。対向車でも来たらどうなっていたかと、今思い出しても冷や汗ものです。前のトラックはこの程度の雪に動じることはなかったのに…。
 ところで、この年末の大雪で、鳥取が急に有名になりました。大晦日に1000台の車が立ち往生とか500隻以上の漁船が雪の重みで沈没とか…。鳥取といっても、今回被害が出たのは県西部で、私の故郷は県東部(鳥取砂丘に近い方)なのですが、テレビで「鳥取県」を連呼されるなんて久々のことで、変な感じです。なにしろ、日本で一番目立ない県=鳥取県なので…。友人から「鳥取に1000台も車が走っていたなんて」と言われて笑えました。
 鳥取県といえば、選挙の「1票の格差」という時に必ず引き合いに出される県です。裁判で、現在の格差は憲法違反だという判決が出て国も選挙区の見直しにとりかかるようです。でも、人口比だけで単純に割り切られると、田舎に国会議員はいなくなるとまではなくとも、極端に少なくなり、結果、田舎の声は国に届かないことになります。それに、今言われている選挙区見直し案って、「道州制」導入への布石のようでイヤな臭いを感じます。
 鳥取県がんばれ! 石破茂は嫌いだけど、「珍獣ハンター・イモト」がんばれ! それから、…、あと有名人って誰? もういない? う〜ん、有名人じゃなくてもいいから、鳥取県人がんばれ!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.31(2011.1.18発行)より転載

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嗚呼・山桜

 わがムラ船迫の船迫小学校は3年前に廃校になり、跡地は国に買いあげられることが決まり、校舎取り壊しの予算も議会を通り、いよいよ工事が始まったようです。跡地に何が出来るのかも住民は知らないままです。数日前より、校庭にユンボが見え、「いよいよ取り壊しが始まるのか」と複雑な思いで下の道路を通っていました。そうしたら、校舎破壊の前に衝撃の光景が…!
 学校へ上がる坂道の上り口の脇にあった大きな山桜の木が根元からざっくりと切り倒されて切り株だけになってしまっていたのです。
 学校の入り口というより船迫の入り口という位置にあって「ようこそ」と出迎える桜でした。切らねばならない理由があったのか?とても残念です。長い長い年月を生きて、毎春、広い枝いっぱいに花を咲かせて人々の上に花びらを降らせてきた巨木です。どんな音をたてて巨体は倒れたのでしょう。事前に説明があれば「あの木は残して」という働きかけも出来たろうに。本当に残念です。人間のいとなみの愚かさに腹立たしさいっぱいです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.31(2011.1.18発行)より転載

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鳥日記

 「宇佐のツルさん」に会いに行きました。宇佐の都留さん(85歳でなお元気な活動家都留忠久さん)ではなくて、鶴さんです。
 数日前、新聞に「大分県宇佐市にマナヅルが13羽越冬のため飛来している」と載っていて、矢も立てもたまらず鳥師匠三丸さんに案内してもらって会いに行きました。
 その日は雨・雪・晴れが頻繁に入れ替わるあいにくの天候でしたが、内モンゴルから来たというマナヅル3羽、ヒシクイ(ガン)4羽、そしてあの美しいタゲリもいっぱい見ることが出来、大満足の一日でした。
 私、野生の鶴を見るのは初めてです。鹿児島県出水市の何万羽のツルも見たいけれど、小雪舞う田で首を曲げてエサを探す3羽のツルはとても健気で優美でした。宇佐には数年前から来ているそうです。知らなかったぁ。
 最近の我が家の周辺の鳥状況ですが、寒くなってから毎日のように、アトリとエナガがやって来て声と姿で私を幸せにしてくれます。アトリはヒヨドリくらいの大きさで明るいベージュ色で口ばしが黄色のオオム型でキキリコキイーと高く鳴きます。時には10羽くらいの集団でやって来ます。エナガはピンポン玉くらいのまん丸な体に長い尾があり、白に黒とピンクの模様でほんとにカワイイ!と声が出てしまうくらいかわいいです。ジュリジュリと低音で鳴きます。10〜20の集団で来ます。窓から見えるくらい近くに来ます。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.31(2011.1.18発行)より転載

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http://www.rircl.jp/ NPO法人 農と人とくらし研究センター