づれづれ草

コラム「づれづれ草」について
北九州で農業にたずさわる渡辺ひろ子さんの個人紙『私信 づれづれ草』からの転載です。2007年6月、30年続けた酪農に自ら終止符を打ったとのことですが、農業にはこれからもかかわっていくと、日々の思いを気丈に綴っています。
挿絵も渡辺さんが描いています。
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心臓バクバク

 6月13日、第五回竜一忌が開催されました。
 私は例年通り第2部の飲食しながらのリレートークの司会です。
 とりあえず乾杯。缶ビールをきゅーっと・・。
 実は私、ちょうど一年ぶりのアルコールでした。「家庭の事情」というやつで、ずーっと断酒していまして、去年の竜一忌以来の本当に一年ぶりのビールでした。
 それに、考えてみると朝からほとんど何も食べていなくて、それが午後5時のいきなりのきゅーっ、です。リレートーク前半は口のすべりもなかなか快調で、これといったミスもなく進んでいました。発言者がしゃべっている間にも、ビールをちょこちょこ。で、ますます口はなめらかに・・・と思っていたら、そろそろ終わりが近づいて来たぞ、というところになって異変が・・。
 しゃべる声が上ずった感じがするなぁと思ううちに、息が苦しくなり、一言ごとに肩で息をする感じになり、やがて心臓バクバク。
 350ccの缶ビール1本と半分くらいしか飲んでいないのに、こんなに気分が悪くなるなんて思いもしなかったよ。
 それでも何とか閉会まで平静をよそおい、後片付けはロクに手伝わず、どてーっとしていました。
 実は、毎年この後、スタッフでカラオケに行ってガンガン歌いまくるのが恒例になっているのです。それをとても楽しみにしていました。この年になると、カラオケに行く機会なんてめったにありません。年に一度の大イベントなのです。
 何が何でもカラオケに行くぞぅと、人に支えられながら、やっとこさで中津駅近くのカラオケルームにたどりついたけれど、ソファに座っていることもままならず、ぐにゃ。
 こりゃあとてもじゃないがとても歌うことなんて無理。へたすりゃ酔っ払いとして最悪の迷惑かける結果になりかねない。
 「ごめん、汽車で帰る」
 駅まで梶原玲子ちゃんが送ってくれ、なんとか築城駅までたどり着きました。
 そこから家までタクシーです。このタクシーの運転手のおいちゃん、どうやら私の顔を知っていたらしく、戦時中に爆撃を受けた町内の小学校の犠牲者の慰霊碑を建てる計画などいろいろ話しかけるのです。とても気分は悪いのだけれど、むげにも出来ずあいづちを打ちながら「早く家に着いてくれぇ」と祈ったのでした。後日、カラオケで盛り上がった話をいっぱい聞いて、本当にくやしい思いをした、残念無念の竜一忌でした。
 悔しいーっ!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.17(2009.7.5発行)より転載

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ブルガリアの酪農

 ブルガリアといえばヨーグルトしか思いつかないくらい、酪農の国というイメージです。そのブルガリアの酪農が壊滅の危機に瀕しているといいます。EU(ヨーロッパ連合)問題です。
 EU加盟を果たしたブルガリア。当然、農産物にもEU基準が課せられます。酪農の国ブルガリアは酪農の歴史が長いだけに、中小規模の古い酪農家が多く、乳牛の飼養方法も設備も旧式なのだそうです。
 しかし、EUの基準は厳しく、それをクリアするのは、ほとんどの農家には無理だというのです。EU基準を満たすために設備投資をしなくてはならない。補助金を受けるには「完全放牧」が条件であり、舎飼いでやってきた多くの農家は対象外となる。自己資金を用意出来る農家はとても少ない。
 というようなことなのです。
 食べるものの品質や生産方法の基準を厳しくするのは当然であるのだけれど、厳しくし過ぎて、結果として生産者を苦しめ、廃業に追い込んで行くと、単に仕事だけでなく、地域やそこで暮らす人々の文化までも壊してしまうことにならないかと思うのです。
 大きな企業が潤沢な資金で大規模に生産する農産物が市場を席巻する社会がいいか、小さな農家が穀物も野菜も畜産も小規模に生産し、農家同士が助け合いながら、地域の行事や環境保全も農業生産の一環として、「日常」としてやって行くというのがいいか、選択の余地はもうないのでしょうか。
 これは、ブルガリアの問題というより、「農業」と「産業」との関係の問題として、きわめて世界的であり、かつ我がムラ的でもあります。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.19(2009.9.25発行)より転載

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鳥日記

 どこを見てもサギばかりの季節はまだ続いています。
 先日、基地前の池にバンでもいないかなぁと出かけました。池の道路側の端で双眼鏡で池を見ていると、一台の車がやって来てすぐそばに止まりました。ドアがあいて、若い男が降りて来ました。見ると、迷彩服の上下。ちょっとぎょっとしました。
 男は近づいてきます。
 私の位置から池をはさんで丁度基地が正面に見えます。まるで基地を双眼鏡でのぞいているような状態です。あやしいおばさんです。
 ヤバッ。不審者と思われて様子を見に自衛隊員が来たに違いない。
 と、一瞬思いました。
 迷彩服の男はなおも近づいてきます。そして、「何か見えますか?」と言うので、「鳥です。バンがいないかと思って来てみたけど、いないみたいです」と、何だか言い訳してるみたいだなあと思いながら答えました。
 「ああ、鳥ですか。僕は雷魚を釣りに来たんですが、水草が茂っていて釣りは無理みたいですね」と言って、車に戻って走り去りました。
 自衛隊ではなかったようです。まぎらわしい服装するなよ。

 池には、ほていあおいがびっしりと茂っており、水色の花が一面に咲いていました。
 バンはいなかったけど、チョウトンボがたくさん飛んでいました。
 鳥は。サギだけ。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.19(2009.9.25発行)より転載

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ひまわり・コスモス

 日本全国、農村地帯に、見渡す限りのひまわり畑やコスモス畑が広がる光景が珍しくない今日このごろです。休耕田の集団転作です。奨励品目のトップは大豆だけれど、手間ひまかかって金にならない。景観作物だと、あまり手がかからず、見た目が楽しい。街から見物に人が来る。補助金も出る。で、ひまわり、コスモスなのです。
 中津市のある地区では、営農組合が「日本一の面積のコスモス畑をめざす」と言っていると新聞に出ていました。
 基盤整備した立派な水田が花畑です。それはそれで美しいし楽しいけれど、その一方で、「海外に企業が資本を投入して、食料生産を」となると、ええーっ?と、思いませんか?
 国内の農地に無為に花を咲かせて、食料生産は海外で。変な話でしょ。
 農民は、もっと怒れよ!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.19(2009.9.25発行)より転載

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田んぼ事情

 ついこの前、田植えが終わったと思ったら、あっという間に稲刈りも終わって、田んぼは静かに冬支度に入っています。
 私は田んぼ全部を人に作ってもらっていて、だから、人の米作りについてとやかくいう資格はないのだけれど・・と思いつつ、でも気になっていることがあるのです。
 ここ2〜3年、周辺の田んぼの様子が変です。ヒエがびっしりと生え茂って稲が見えないくらいの田がそこかしこに見受けられます。しかも、年々増えて来てます。稲刈りまで、そのままです。
 決して「無農薬栽培」が増えたというようなことではないと思います。
 普通、田植えの時に、除草剤を入れます。水管理をうまくやれば、一度の除草剤でほぼ大丈夫です。少しは草が生えます。以前はそれを「田の草取り」といって、腰を曲げて手で取っていました。
 最近は、田に這いつくばって草取りする人の姿はほとんど見かけません。除草剤の効能がアップしたせいもあるし、「少々の草には目をつぶる」人が増えたこともあるのでしょう。
 でも、本当にここ2〜3年のことですが、「少々の草」なんて次元ではないヒエだらけの田があちこちに出現して、年々増殖しつつあります。
 いったい何が原因なのでしょう。
 じつは、うちの隣のMさんの田がうちのすぐ前にあります。おじいさんは先年亡くなって、おばあさん一人暮らしです。86歳です。田畑の管理は隣町に住む息子さん(60歳)が来てやっています。去年も田はヒエだらけになり、稲刈り前になって、おばあさんが稲より高く伸びたヒエを鎌で刈り取りました。何日も何日もかけて。
 でも、その時はすでにヒエは実って種を落としてしまっていたのです。だから、今年もヒエびっしり。そして今年も稲刈り直前におばあさんが鎌でやっぱりヒエを刈りました。
 おばあさんがヒエを刈る理由は「めんどうしいから」です。「めんどうしい」とは「恥ずかしい」という方言です。60歳の息子さんにとって、ヒエだらけの田は別に「恥」でもないのでしょう。
 どうやらこのあたりに、ヒエ田増殖の秘密がありそうです。
 米を一生懸命作ってきた「お百姓さん」たちが死んだり、動けなくなったりして、しかし、次の世代は「ずっとサラリーマン」だったわけで、米作りの技術も精神もうまく伝達出来ていないままなのではないかと思うのです。「ヒエを生やしていたらめんどうしい」と思って、せっせと田の草取りをしてきた先人たちは、老いて「腰の曲がった老人」になりました。そのことを思うと、今、後継者たちが、ヒエを取らないことを安直に批判することも出来ません。
 「ヒエ取りして、米が少しくらい多く出来ても、それでなんぼ儲かるってもんでもなし」という声に答えられる人がいるでしょうか。
 ただ、何千年もの間、連綿と伝えられてきた「百姓の心」が途絶えていくことに、無念の思いが残るのです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.20(2009.10.31発行)より転載

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鳥日記

 福岡市の和白干潟にミヤコドリが9羽飛来した、と新聞に写真入りで載っていました。ぜひ見に行かなくっちゃ。
 で、先日、バイトの休みの日に次女と車で出かけました。
 和白干潟に私はまだ行ったことがありませんでした。で、和白にわりと近くに住む友人真紀ちゃんに案内を頼みました。
 車を近くに乗り入れることが出来ない地理にあり、重いカメラバッグを下げて少し歩きました。とてもいい天気で、汗をかきかき歩いてやっと干潟に下りることは出来ました。
 でも、遠くにカモやアオサギやカモメがいて、その中のどれがミヤコドリか、私には判別出来ません。きょろきょろしていると、突然、8〜9羽の黒っぽい鳥がぱたぱたと海の中道の方へ飛んで行きました。
 「今のがミヤコドリだったと思おう」ということにして、急に潮が満ちてきた干潟を後にしました。
 海の中道から志賀島を一周しました。志賀島は金印が出土したといわれる所です。岩場にウミウに混じってクロサギもいました。クロサギを見るのも初めてです。(ウミウと思っていたら、写真を見て、鳥プロ三丸さんが、「これはクロサギ」)
 和白から2日後、こんどは、三丸さんのお誘いで中津市の八面山に「ハイタカの渡り」を見に行きました。ハイタカは今の時期、朝鮮半島から越冬のために九州・四国などに渡って来るのだそうです。「希少生物研究会」の主要メンバーである三丸さんは特に鷲鷹大好きなので、「渡り」の時期にはほとんど毎日、八面山の山頂で双眼鏡覗いて、数を数えてノートに書き込んで一日を過ごしています。
 北風の日がいい、ということだったけど、この日は穏やかで無風だったので3羽しか見られませんでしたが、写真も何とか撮れました。
 ジョウビタキもたくさん帰ってきたし、カモやカモメも増えて、鳥好きにはいい季節になって来ました。犬の散歩コースの雑木林にもいろんな鳥がいてたのしみです。ところが、ここを宅地造成するとかで、地鎮祭がありました。ええっ、この林をつぶしてしまうの? こんなところ宅地で売り出したって家を建てて住む人いないだろうに・・。牛舎のすぐ横だもの。臭いし、ハエは多いし。でも、鳥はいっぱいすんでいるんだよ。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.20(2009.10.31発行)より転載

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トキ米

 新潟県佐渡に視察に行ったという農業関係者が「佐渡のトキ米」というのを買ってきていました。1キロパックのお手軽サイズで、トキのイラストのパッケージです。
 佐渡では、トキの保護のために、除草剤一回のみの、ほぼ無農薬で米作りをして、しかも、トキの餌となる生き物が繁殖しやすい環境を作るために、田にかなりの深さの溝を掘り、冬場も田に水を入れているそうです。冬に田を干しておかないと、じる田になって、耕作しにくいが、トキのためにみんなで申し合わせてそうしているのだといいます。
 トキが増えれば観光客が増えるだろう、との思惑があるにしても、それでもみんなが意思統一出来ているとしたら、すごいなぁと思います。
 みなさん、佐渡に行くことがあったら、お土産にトキ米を買いましょうね。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.20(2009.10.31発行)より転載

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わが家の畑・冬編

 秋に種まきに失敗し、殆どの野菜が虫に全滅させられた中、ニンジンだけは過去にこれほどの豊作はなかった、と思うくらい大きなのがぼこぼこ採れてます。
 早く食べてしまわないと、少し暖かくなると筋が硬くなって食べられなくなります。東京の長女の所に米を送る時、ニンジンもどっさり入れました。孫たちよ、ニンジン嫌いでも食え!
 それから、ジャガイモも少し植えていて、草ぼうぼうのまま、忘れてしまっていて、霜が降りる頃になって掘りました。これがまた巨大なジャガイモ。びっくりです。連日、カレーとシチューと肉じゃがです。
 虫に全滅させられた大根や小松菜やチンゲンサイやカブなどの「跡地」には、豊富な肥料を吸って青々とやわらかでうまそうな雑草が生い茂っています。ヒヨコグサなんか本当にうまそうです。今度食ってみます。
 ブロッコリーは、年末年始に降った雪のおかけで、やっと青虫から解放されたのですが、今度はヒヨドリ攻撃です。不思議に花芽(人間が食べる部分)は食べないで、葉っぱばかりつつくので、まあ、被害は少ないんだけれど、糞害に困っています。
 ヒヨドリが出たところで、再び鳥の話に戻るのですが、冬になって、やたらとヒヨドリが増えて、キーキーと鳴き叫んでいまして、まるで世の中の鳥の8割くらいはヒヨドリなのでは・・・とさえ思うほどでした。
 ところが最近、ヒヨドリと思っていた鳥の中の何割かは、ツグミだったり、シロハラだったり、ムクドリだったり、ということがわかって来ました。あの大きさの鳥はみんなヒヨドリと思ってよく見もしなかったし、声に至っては、「ヒヨドリっていろいろ鳴き方にバリエーションがある」なんて知ったかぶりしてました。恥ずかしい限りです。ヒヨちゃん、「暴走族」とか「チーマー」とか悪口いったりしてたけど、ごめんね。
 畑に話を戻します。マルチを敷いて、スナップエンドウとソラマメを撒きました。ソラマメは私はあまり好きじゃないんだけど、実は、テレビの『鉄腕ダッシュ』という番組で(私、実はジャニーズのTOKIOのファンなのです)ソラマメを使って「豆板醤」を作っていたのを見て、長女に「ダッシュ村のホームページに作り方が載ってるからプリントして送って」とたのんだのです。作ってみようと楽しみに苗の成長を待っているところです。
 あっという間にもう2月です。3月に入ったら、春ジャガを植えます。種ものも、秋の失敗にもめげずに又、いろいろ撒くつもりです。
 畑のちょぼちょぼ野菜を作って、鳥を眺めて、ひねもすのたりのたりかな。いい人生です。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.13(2009.1.31発行)より転載

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ホンモロコ

 鳥取に住むよっちゃん(高校美術部の後輩)からの便りに、「鳥取で全国ホンモロコシンポジュウムで先輩のKさんに会いました」とあり、「?」。
 ホンモロコシンポジュウム?しかも「全国」?何、それ?
 モロコつて確か淡水魚で琵琶湖にしかいない、とかじゃなかった?
 その全国シンポジュウムが何で鳥取で開催されるわけ?
 早速インターネットで「ホンモロコ」を検索してみました。すると、出るわ出るわ「鳥取」の名が・・。
 しかも、私が生まれ育った町の名が、です。
 どうやら、町おこしと農業の生き残りをかけて、休耕田を利用してホンモロコの養殖に取り組み、特産品として売り出しに成功しつつある、ということのようです。「八頭(やず)ホンモロコ共和国」なんてのも出来ています。びっくり〜。
 ホンモロコの説明のところには「卓上コンロで焼いて、しょうが醤油、もしくはすだちを搾り込んだ醤油で食べるのは異常にうまい。魔味であると思っている」とまで書かれていて興味をそそります。
 去年、小学校の還暦同窓会で鳥取に帰った時には、そんな話、聞かなかったなぁ。食べてみたかったなぁ。
 日本で一番日立たない鳥取県だけど、それなりに頑張っているんだね。ちょっとうれしくなりました。
 「勤勉で控え目」な鳥取県民、がんばれ!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.21(2009.12.23発行)より転載

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セツケイカワゲラ

 日高敏隆さんという京都大学名誉教授で昆虫学者・動物行動学者の書いた「なぜ飼い犬に手をかまれるのか」という本のタイトルが気になって買いました。その本を全部読み終わらないうちに日高さんの死亡記事を新聞で見て、ショック。
 その本に書かれているさまざまな虫や魚や動物たちの生態に驚き、感心し、こんなことを考え、研究して一生を終わらせた日高さんをうらやましくさえ思いました。
 その本の中に「セッケイカワゲラ」という虫の話が出てきます。セッケイとは雪渓のことのようです。一センチに満たない黒い虫で、羽も持たない短い足でちょこちょこ歩くしかない小さな目立たない虫です。以下、日高さんの文章を引用します。
 「セッケイカワゲラは十二月ごろ、成虫になって山の沢から雪の上へでてくる。それから彼らはせっせと雪の上を歩き始める。歩くのは天気のいい日だけ。太陽コンパスを巧みに使って、彼らは上流へ上流へと歩く。食べ物は雪の上に落ちている有機物。二月になると、オスとメスが雪の上で出会い、交尾する。やがてオスは死ぬが、メスは歩きつづける。三月ごろ、メスは沢に下り、雪のない水面を探して卵を産む。卵から孵った幼虫は、そのまま秋まで水底で休眠している。脱皮もしないし、大きくもならない。半年ほど経って秋がくると、山の木々の葉が散り始める。葉は沢の中に落ちてくる。すると幼虫たちは急に動き出す。落ち葉を食べ大きくなっていく。そして十二月、初雪が沢を埋め尽くしてしまう前に、幼虫は成虫になり、雪の上に出て行く。それから約二ヶ月、彼らは雪の上をせっせと歩きつづけるのだ。」
 セッケイカワゲラの幼虫は水底でじっとしているとはいっても、春の雪解け水・梅雨・夏の豪雨などで下流に流されるわけで、だから、産卵の時期が近づくと、生まれた場所へと歩くのでしょう。数ミリの短い足を動かして、雪の上を二ヶ月以上も歩きつづける黒い小さな虫の営みに感動! そして、そんな虫たちをじーっと見つめ続ける人たちの存在にも感動!
 セッケイカワゲラに比べて、人間の営みのなんと薄汚いことか、と思いました。
 それにしても、この地球には私の知らないことが多すぎて、知らないで日々を過ごすことがもったいなく思えます。
 日高さんの一生、万歳です。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.21(2009.12.23発行)より転載

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http://www.rircl.jp/ NPO法人 農と人とくらし研究センター