づれづれ草

コラム「づれづれ草」について
北九州で農業にたずさわる渡辺ひろ子さんの個人紙『私信 づれづれ草』からの転載です。2007年6月、30年続けた酪農に自ら終止符を打ったとのことですが、農業にはこれからもかかわっていくと、日々の思いを気丈に綴っています。
挿絵も渡辺さんが描いています。
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泉ちゃん、ありがとう

 山田泉さんが逝ってしまいました。
 十一月二十二日の通夜、二十三日の葬儀ともにとてもたくさんの参列者でした。改めて彼女が偉大な人だったんだなぁと思い知らされました。
 毎年、春に4人で温泉一泊旅行をしている仲間としての泉さんは、学校現場のグチや夫「慎ちゃん」のノロケ話をし、乳ガンになってからは「何でひろ子さんは乳ガンにならんのかい?」とからんだりする普通のオバサンでした。
 今年の5月、「生前葬」と言って湯布院一泊旅行をしました。来年はないかも知れない、という病状の深刻さを抱えながらも、「来年もきっと行こうね」と言わせる元気さがありました。
 最後に会ったのは十月はじめ頃、彼女の家に私が行った時で、その時も、映画『ご縁玉』のチラシが出来て来たと忙しそうでした。十月二十六日、携帯に着信があったのを気づかず、あとで電話したら留守電だったのでそのまま切り、それが最後になってしまいました。
 「かなり悪い」と聞いて一週間後の訃報でした。
 抗ガン剤の副作用に苦しみながら、でも、ぎりぎりまで行きたい所に行き、会いたい人に会い、したいことをして、まだまだ若すぎる死だけれど、でも、人の何倍もの濃密な生き方を貫いた人生だったよね。変な言い方だけど、ガンと向き合うことで、山田泉の人生は大きく開いて行った気がします。私が彼女と初めて会った頃は「保健室登校している養護教員」(職員室に行くと体調が悪くなる)として、学校の中でもがいている人だったのに・・・。
 葬儀は本当に多くの参列者で、弔辞が6人、しかもそれぞれが思いのたけがありすぎて長い長い弔辞で少々疲れました。(ずっと立っていたので)
 慎ちゃんの謝辞は泣かせました。本当に泉ちゃんが好きで好きで、という気持ちが伝わって来て、みんな泣きました。
 これから慎ちゃんはどうやって生きて行くんだろう、と心配になるくらいでした。
 山田泉を語る時、夫の慎一さんの存在は、実は本人以上に大きいとさえ思います。泉さんが一番えらかったのは慎ちゃんを連れ合いとして選んだことだろうと思います。ガンになった妻を支え、ガンを通して活動の世界をどんどん広げて行く妻のすべてを受け止め、いつもYESを妻に発し続けた慎ちゃんです。慎ちゃんなくしてあの山田泉はなかったろうと思います。
 「泉ちゃん、大好き!」の慎ちゃんのこれからの人生、がんばって!
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容体急変だったので、あまりやつれていなくて、ふっくらといつものままの顔で、少し口許が笑っているようでとてもきれいな死に顔でした。泉さん、最後までカッコよかったよ。
 出棺の時、日出生台の衛藤洋次さんが「泉ちゃん、ありがとう」と大きな声で言い、みんなで拍手で送りました。
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 緒方拳さん、筑紫哲也さん、山田泉さん、次々と大事な人の命がガンに奪われて行きます。悔しいです。
 緒方拳さんの遺作となったテレビドラマ『風のガーデン』を毎週観ています。連続ドラマは観ない人なのですが、これだけは特別と思って観ています。拳さんの息づかいや声の裏に苦しいだろう体調を感じてしまい、胸がつまります。
 緒方拳さんは若い頃『豆腐屋の四季』で松本竜一さんの役をやった縁で、松下さんの『砦に拠る』(下筌ダム建設に反対して山に蜂の巣城と呼ばれる砦を作って籠城して抵抗を続けた室原知幸さんを書いた作品)を「ぜひ映画にしたい」とずっと言っていました。とてもお金がかかることなので、実現することはないだろうと思いつつも、草の根の会の仲間たちにとって、それは美しい希望でした。緒方さんの死は希望の消滅でもありました。残念です。
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 来年の春、3人で温泉に行って、泉さんの思い出話でもしたらいいなぁ、と思っています。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.12(2008.12.2発行)より転載

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鳥日記

 鳥に夢中になって半年余り。ついに「鳥日記」を書き始めました。自慢じゃないけど、私、日記どころか家計簿だって3日と続いたためしなし。それが「鳥日記」書き始めて一ヶ月以上経ちました。
 書き始めたのは、「わからない鳥」を見つけた時、大まかな特徴を文字とスケッチで記録して、後で図鑑を見、それでもわからない時は鳥プロの○丸S子さんに聞く、そのためでした。
 そのうち、「わが家」の鳥たちの動静や犬の散歩の時に今日は何と何を見たとかまで書き、ま、ついでに鳥以外のこと、つまり普通の人が日記に描くようなことも「ついでに」メモ風に書き留めたりと、日記らしくなってきました。
 必ず毎日書く、と気負わずに時々は休みながら書いています。
 写真の方も東京のSさんから頂いた一眼レフのカメラは鳥専用という感じで使わせてもらっています。鳥というのはなかなか近くに寄らせてくれないし、じっとポーズをとってもくれないので、ピントが合う前にいなくなったりして、難しいです。
 去年、餌台のミカンをついばむメジロのアップ写真を送ってくれた国東(大分県)の養鶏農家大熊さんが新作メジロ写真をまた送ってくれました。手紙がついていて、「2m迄近づいても逃げずに撮らせてくれるのは撮影者の『純粋さ』?か。」とありました。
 悔しいねぇ。私はまだメジロのアップは撮れてません。
 きっと、大分県のメジロは去年一年間、国体マスコット『めじろん』で人気沸騰だったから、カメラ慣れしてるんだよ。
 な〜んて、負け惜しみの一人言です。
 先日、鳥プロの○丸さんの案内で、耶馬溪にオシドリを見に行きました。オシドリなんて、掛け軸の中や着物の裾にしかいない生き物という印象なのだけど、いるんですねぇ、自然界に。しかも、そこいらへんに、どっさりと。
 山国川の少し上流、耶馬溪の入口あたりの川にいましたよ、あの「おもちゃみたいな色と形のオシドリ」が2〜30羽ひとかたまりで。川幅が広く、道路の対岸近くに浮かんでいて、小さくしか見えなかったけど、確かに「オシドリ」です。
 写真を撮ろうとガードレールから一歩先に踏み出したら、途端にパーッと全員飛び立ってしまいました。ごめん、ごめん、彼らにとって危険水域に踏み込んでしまったんだろうね。
 オシドリに逃げられたので更に上流へ。梶原さんの実家に立ち寄ると家のすぐ裏のハゼの枝に小鳥がいっぱい。「ほらほら、エナガだよ」と○丸さん。あの、あこがれのエナガが本当にいっぱい、ハゼの実を捜して枝から枝に。長いしっぽも羽根のピンクの模様も見えたよーっ!
 エナガというのはメジロくらいの小鳥で、鳥マンガ『とりぱん』で「ハムスターの耳を取ったような顔」と紹介されていて、以来、あこがれていたのです。
 ほかにもいろんな鳥に出会えて、満足、満足。(ルリビタキ、イカル、オオタカ、カケス、ハヤブサ等々)
 ○丸さんはすごいです。変態かも。だって、走行中の車の前をさっと横切った鳥(らしき影)を「今、○○のオスがあそこに降りた」なんて言って、その通りなんだもの。「この辺、何かいそうな匂いがする」なんて、やっぱり変態だぁ!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.13(2009.1.31発行)より転載

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鳥日記

 あっという間に春です。一気に春です。もう、春となると、ぐぅわーッと春です。
 2週間ほど前にウグイスの初音を聞きました。今では毎日あちこちでウグイスのさえずりがすごいです。
 春が来て、花が咲いて、鳥がさえずって、それはそれでステキなんだけど、ジョウビタキやツグミなどの冬鳥がいなくなる日が近いことでもあります。さびしいです。それに、暖かくなると虫(ハエや蚊、アブ、ハチ、ムカデなど)がわんさかと出て来るし、ヘビも嫌だし・・・。
 私の鳥狂いは日毎に度を増しています。
 人が集まる場でも、すぐに鳥の話題に行こうとするし、以前、孫の写真を持ち歩いて見せびらかしていたと同様に、今は、鳥の写真を持ち歩いて、さして興味のない人たちにまで「見る」ことを強要しているこの頃です。みんなから、「もう、病気やね」と言われてます。そして、鳥プロの○丸S子さんから「この病気に感染した人で、回復した人はいない」と言われてしまいました。
 近ごろ、雨がとても多いです。たまに、雨がやんで、青空でも見えようものなら、何か鳥が見えないものかなぁ・・・と気もそぞろです。カメラ持って出かけます。一人で行くのだから、○丸さんみたいに山奥深く分け入って・・・なんてことはしません。私、とても臆病なのです。
 2月11日の新聞に左掲の記事が載りました。すぐ、その日、クロツラヘラサギを一目見たいと、今川沿いの道を下りました。でも、場所を特定出来ませんでした。こんな記事が載ったんだから、きっとその場所に、たくさんの人が見に来ているに違いない、などと思ったけれど、それらしい人だかりはなく、あきらめて、ユリカモメの群れを撮って帰りました。
 あきらめきれずに、翌々日、再度挑戦。うろうろ、のろのろと危ない脇見運転を続けながら、もう、すっかり河口近くまで来てしまって、漁港近くになったあたりで、堤防のずっと向こうにちらっと中洲が見え、それに白いものが・・・。慌てて車を道脇に寄せ、双眼鏡で覗くと、いましたよ!広い河口付近の中央あたりに、細長く出来た中洲にクロツラヘラサギが5羽、寒風に首を縮めて身を寄せ合ってしゃがんでいました。カメラの望遠で覗くと、何とかくちばしも見えて、「見た!」記念にパチリ。
 翌日、松下竜一さんの二人芝居の慰労会が中津であり、○丸さんたちに写真を見せたら、その日のうちに「見に行く!」となって・・・。ああ、みんな病気です。
 それから、10日くらいして、税務署に青色申告をやめる手続きに行って、意外に早く終わったので、せっかく行橋まで出て来たんだから、と、また、例の中洲まで。すると!その中洲がすごいことになっていました。いろんな鳥たちが大集合の大にぎわい。もちろんクロツラヘラサギもまだいました。でも一番目立っていたこの日のスターはウミウです。真っ黒い大きな鳥が一斉に首を伸ばして海の方を見ている図が何ともカッコイイーッ!
 他にもアオサギや何種類ものカモたちが群れていて、もう、写真撮りまくりです。
 そして、何と、クロツラヘラサギが全羽パァーッと飛び立って、中洲上空をゆっくりと旋回して見せてくれたのです。「私が主役なのを忘れちゃ困るよ」といった風に。大感激ーッ!
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 帰り道、ちょっと上流で、ミサゴの狩りの様子も見つけてこれもバッチリ撮れました。ミサゴというのはトビに似ているけど、頭部と腹側が白く、尾羽根がきれいな扇形に開くカッコイイ鳥です。川や池で魚を獲るのですが、その時、上空に静止して立ち泳ぎのように翼をバサバサしながら、はるか下方の水中の魚の姿を見定めて、猛スピードで水に突っ込んで、足で魚を掴むのです。その、上空でのバサバサ立ち泳ぎが感動的です。
 私はこの一月の間に4回もミサゴの狩りの場面を目撃しました。「鳥観の神様が私に降りて来た」とさえ思ってしまうくらいです。でも、それは「知らない」から「少し知っている」に変わったせいなのでしょうね。今まで、ミサゴという名も知らず、きっとトビだと思って見過ごしていたのでしょう。
 どんな用事でどこに行くにもカメラを車に積んで出かけます。完全に病気です。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.14(2009.3.1発行)より転載

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鳥日記

 近くの川にヤマセミが現れまして、もう、大感動!初めて実物見たんだけど、でかい!かっこいい!図鑑には「ハトくらい」と書いてあるけど、頭部が大きいのでハトよりずっと迫力あります。感動!
 クロツラヘラサギも毎週一度は通ったけど、もういなくなってしまったようで、今はヤマセミのおっかけです。

 天童荒太という直木賞作家がテレビで言ってました。「どんなに忙しくても一日に30秒でもいいから、鳥の声に耳を澄ましてみて下さい。きっと人生が違うものになります」
 いい人ですねぇ。その通り!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.15(2009.4.20発行)より転載

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楽しみは

 ─ 楽しみは 今年生まれた熊鷹の 餌ねだる声 聞き分けしとき  三丸 祥子 ─

 中津の「鳥プロ ○丸S子さん」として再三登場してきた三丸祥子さんの作品です。短歌ですが、これは『独楽吟』といって、「楽しみは」で始まって「……の時」で終わる形の独特の短歌なのです。
 福井の「歴史のみえるまちづくり財団」という団体の主催する「第十四回平成独楽吟」に応募したこの作品が「福井新聞社賞」を受賞したのです!!
 さすが、わが鳥師匠!!
 それで今回より勝手に実名で願うことにしました。三丸さんは、鳥プロの上に、植物プロであり(実際に、職業訓練校に通って、庭師の資格を取り、仕事にしていた時期もあったから、これは本当に「プロ」です)、虫(蝶やとんぼ)も好きだし、俳句も短歌も詠むとてもすてきな人です。草の根の会のメンバーです。今は熊鷹に夢中です。
 3月15日に福井市で授賞式があって、福井まで行ってきて、「来年はみんなで作品応募して、誰か賞を貰ったら、みんなで福井に行こうよ」と言っています。
 三丸さん、おめでとう。
 ところで、この『独楽吟』なる短歌の形、私は今まで知りませんでした。
 「橘 曙覧(たちばな あけみ)」という江戸時代末期の福井の歌人がいて、あ、「あけみ」と言っても男の人です。
 この人、生涯に千二百首以上の短歌を残したらしいのですが、とくに『独楽吟』と題した「楽しみは」で始まり「……の時」で終わる連作52首が秀逸なのです。
 彼はとても貧乏で、その貧乏な暮らしの中で、日々、小さな喜びや楽しみを見つけて短歌に詠んだのが独楽吟です。
 例えば
 たのしみは まれに魚烹て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時

 たのしみは 昼寝せしまに 庭ぬらし ふりたる雨を さめてしる時

 たのしみは 常に見なれぬ 鳥の来て 軒遠からぬ 樹に鳴きしとき

というようなのが橘 曙覧の作品です。
 彼のことは、福井でもずっと忘れられた存在になっていたそうです。それがにわかに注目されるようになり、福井の町起こしの柱の一つになって来たのには意外なエピソードがあったのです。
 1994年、天皇皇后が訪米した時、歓迎式典で当時の大統領クリントンが歓迎スピーチの最後を独楽吟の一首でしめくくったのだそうです。

 たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲けるを見る時

 もちろん、クリントン自身が橘曙覧を知っていたわけじゃなくて、ホワイトハウスのスピーチ起草室の一人が書いた原稿なのですが、彼はハーバード大学でライシャワー教授に学び、ライシャワーから『日本文学選集』(ドナルド・キーン編)を教えられていたので、その中に入っていた独楽吟8首を思い出して、大統領スピーチの原稿に引用したのです、とさ。
 日本人からほとんど忘れ去られていた橘曙覧がアメリカから逆輸入のような形で脚光を浴びることになったわけです。
 さて、橘曙覧という人は、裕福な商家に生まれながら、生家を出て、定職をもたず、国学者・歌人として生き、藩主からの士官の誘いも断って、極貧の暮らしを選び57歳で死んでいるのですが、彼の独楽吟にも出て来るように、ちゃんと結婚して子どもも6人(うち3人は幼児期に病死)もうけているのです。極貧の自由人にして家庭人でもあった。妻がえらかった、というべきかも…。
 「足るを知る」くらし。少しは私もその境地に近づきつつあるかなぁ、と思うのですが、う〜ん、まだまだ家の中にモノはあふれているし、スーパーやコンビニにもしょっちゅう行くし…。
 まだまだですなぁ。
 「楽しみは………の時」と、一日一首へたな独楽吟を詠むことで「足るを知る」暮らしに到達出来るのかもしれないなぁ。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.15(2009.4.20発行)より転載

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りんご可愛いや

 先日、農業新聞に載っていました。りんごが売れなくて、不況のせいもあって加工用(ジュースやジャムなど)の需要も減って、とうとう、りんごを堆肥にしているというのです。
 台風で落下したりんごとかいうなら、まだ「仕方ないか」とも思うけど、まともに木から収穫したりんごを、こともあろうに堆肥にしているなんて!
 りんご農家さんの気持ちを思うと言葉がありません。
 スーパーで、ちょっと小ぶりのりんごが14個入って一箱580円でした。全農あおもりと箱に書かれていまいした。青森からの運送費、箱代、スーパーの利益などを考えると、農家にいったいいくら収益があったのでしょう?そこから肥料代、農薬代なども引かれるのです。赤字間違いなしです。
 かつて、輸入オレンジによって、みかん農家はみかんのたわわに実る木を泣く泣く伐りました。今度は、キウィやマンゴーによって、りんごの木を伐ることになるのでしょうか。
 学生の頃、自治会室に泊まり込みでビラのガリ切り・印刷をして、朝、学生会館の前でビラ撒きをし終わって、眠い目をこすりながら、売店に行き、小さなチーズと紅玉という名の甘酸っぱいりんごを一つずつ買って食べるのが楽しみでした。とてもリッチな気分になれたものでした。
 りんごが堆肥にされる時代になりました。我々が求めた豊かさの果てがこれです。りんご農家さん、貧乏な私が時々買うくらいじゃぁ、助けにならないでしょうけど、りんごの木、伐らないでがんばろうよ。
 りんごは人を幸せにする果実だよ。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.15(2009.4.20発行)より転載

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夏は来ぬ

 卯の花は咲き、ホトトギスも鳴き、ホタル飛び交い、早苗は植え渡り、本当にもう、歌の通りの夏です。
 でもまだ朝晩は肌寒くてコタツをしまうことが出来ずにいます。
 ウグイスは、今もそこいら中でさえずり続けてうるさいくらいです。よくもまあ、小さな体であんな大きな声を出し続けられるものだと、感心します。
 近所の池に、今年突然アメンボが大量発生です。最近、めっきり減ったといわれるアメンボです。なんで突然の大発生?と考えて、思い当たる理由が一つ。実は昨年末、ある事情で、この池は「池干し」されたのです。
 それまで鯉やフナやブラックバスがたくさんいました。池干しで、全滅です。もしかしたら、今まで、アメンボは魚たちに食われていたのかも・・・と思うわけです。
 真相はわかりません。池の水面に、雨が降り始めたか?と思うくらいアメンボの波紋が点在してゆれています。
 そういえば、ミズスマシも最近みませんねえ。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.16(2009.5.30発行)より転載

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無農薬の本

 わが家の菜園。水菜・小松菜・キャベツなどがワサワサ出来ているのだけれど、虫がすごいんです。キャベツなんぞは、もう、ネット状態です。そこで、なにかいい手立てはないものかと、昔買っていた『農薬を使わない野菜づくり』という本を探し出してみました。
 「もし、病害虫が発生しても、あわてて農薬をまいたりしてはいけない。虫の害など農薬の害に比べれば問題ではない」と書いてありました。ちょっと笑ってしまいました。うーん、しかしねえ、人間の食う分がなくなって、スーパーで野菜買うはめになりそうなんですが・・。
 ところで、前に書いた「ソラマメで豆板醤を作る」ってやつ、作りましたよ、どばっと1キロも。
 ダッシュ村のホームページ見て、一日がかりで仕込んだけれど、ダッシュ村でも、夏場に表面にカビを発生させていたのでちょっと不安です。うまく出来たら少しずつみんなに味見してもろおうと思っているんだけど、どうなりますことやら。来年の春のお楽しみ・・。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.16(2009.5.30発行)より転載

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鳥日記

 連休あけ、鳥師匠三丸さんの家に行って、な・な・なんと「ヒレンジャク」を見ました。図鑑でしか見られない鳥と思っていたヒレンジャクが、中津平野の普通の家のさくらんぼの木に20羽以上群がって、赤い実をついばんでいるのです。うっそー、って感じで大興奮!
 やっぱり、鳥変態三丸さんのヘンタイエネルギーが呼び寄せているとしか思えないよ。
 なお、ヒレンジャクが群れてついばんでいたさくらんぼの木は、隣の家のだそうで、その家の人は「ヒヨドリだと腹がたつけれど、ヒレンジャクなら許す」と、鳥に食われてしまいつつあるさくらんぼを笑ってながめているとか。
 ヒレンジャクは冬鳥なので、もう多分いないと思うけど、来年のさくらんぼの時期が待ち遠しいです。
 この日ヒレンジャクを見たあと、三丸さんの案内で、安心院にハヤブサのヒナを見に行きました。これもまた感動もの。
 高い岩場に巣を作っていて、望遠カメラでも小さくしか撮れなかったけれど、三丸さんが三脚を立てて望遠鏡をセットして、ちゃんと照準をヒナに合わせてくれたので、目の前にいるように大きくはっきりと見えました。すげーっ、かっこいい!
 まだ飛べないヒナといえども、さすが猛禽類。いかにもハヤブサって精悍さでした。
 三丸師匠のおかげで、いろんな経験させてもらって感謝です。
 話は変わりますが、私が毎日夕方に仕事に行っているY牧場での出来事です。すぐそばの木に巣を作っているカラスのカップルがいます。そのカラスのしわざと思われるのですが、子牛小屋のウオーターカップ(自動給水器)の中に、最近毎日、フナなどの頭や骨、スズメの頭、ヘビの一部などが入っているのです。贈り物のつもりなのか、嫌がらせなのかカラスの気持ちはわかりませんが、生臭くて牛が水を飲まないので、毎日カップの中を掃除しなければならないと、Yさんがぼやいています。
 最近、近所で見れる鳥が平凡になって少々つまらないのです。今も常にカメラを持ち歩いているのですが、めっきり出番が減りました。スズメ・カラス・ハト・ホオジロ・ウグイス・シラサギ・アオサギ・ヒバリ・セキレイ・ムクドリなどです。田に水が入ってシラサギが特に増えています。鳥漫画『とりぱん』によると、北国の田にはシラサギがいないのだそうですね。知らなかった! 明日、三丸さんとまた山に行く予定です。あそんでばかりのこの頃ですが、金のかからない遊びだから、まあいいか。40年働いてきたんだし・・・。
 ところで、最近スズメがいなくなりつつあるという話をよく聞きます。私の家の周辺にはスズメはいっぱいいるので実感ないんだけど『とりぱん』にもスズメが減ったとかいてあったので、本当なんでしょう。人の一番身近にいる鳥に変化が・・・。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.16(2009.5.30発行)より転載

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クローン牛

 クローン牛の死産および生後24時間以内の死亡率が一般の牛の5倍近いそうです。「このクローン牛を食べても大丈夫か」という消費者の質問に対して、内閣府食品安全委員会の説明は「食用の可能性のあるのは育った家畜だけ。途中で死亡するものは人の口に入らない。食用になるまで育ったクローン牛は一般の牛と変わりない」というものだったそうです。
 こいつら、消費者を「バカだ」と思っているのか、それともこいつら自身が本物のバカなのか。
 私自身は、あまり「安全なの?」と深刻に心配するタイプじゃないのだけれど、そういう不安を感じる消費者に対しては、丁寧に誠実に答える義務が政府や企業や生産者にはあると思います。
 この安全委員会の「答え」は「答え」になっていないのです。小学生だって納得しない「答え」です。
 私としては、この安全性より、クローン牛を食べるということそのものが、「いのちを頂く」という気持ちを薄めるのでは・・ということの方を心配します。人間の精神の荒廃が加速する気がします。
 私、決して宗教家でも精神主義でもないのだけれど、「人とモノといのちの関係」が、どんどん荒廃していくことへの危機感を強く持っているのです。
 臓器移植のことにも通じる問題として・・。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.16(2009.5.30発行)より転載

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http://www.rircl.jp/ NPO法人 農と人とくらし研究センター