づれづれ草

コラム「づれづれ草」について
北九州で農業にたずさわる渡辺ひろ子さんの個人紙『私信 づれづれ草』からの転載です。2007年6月、30年続けた酪農に自ら終止符を打ったとのことですが、農業にはこれからもかかわっていくと、日々の思いを気丈に綴っています。
挿絵も渡辺さんが描いています。
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松下竜一さんの演劇・始動

 6月8日に第四回竜一忌を開催。松下夫妻を描く演劇の計画が本格的に動きだしました。竜一忌に、この演劇を企画したトムプロジェクトの岡田代表と脚本と演出を受け持つふたくちつよしさん、そして洋子夫人を演じる女優の斉藤とも子さんが参加。翌日、松下さんを演じる高橋長英さんもかけつけて、松下さんの家で洋子さんと対面。その後、みんな一緒に墓参り、二人の散歩コース巡りなどをしました。高橋長英さんはテレビで見るのと同じ! 斉藤とも子さんは最近はテレビではあまり見ないけれど、昔とちっとも変わらない可愛い人でした。30代後半にしか見えないけれど、20才の娘がいるというから・・・いったい何才なんだろ・・・?
 斉藤さんと洋子さん、とても話がはずんでいたから、きっといい芝居になると思います。楽しみです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.9(2008.7.31発行)より転載。

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オバサン化

natsufuji オバサンになるって、すごいことだなあ、何でも出来ちゃうんだなあ、と我ながら感心してしまいました。
 先日、畜産女性ネットワーク福岡の総会があり、帰りの特急が行橋駅に4時1分前に到着するのにしか乗れないことが行く前からわかったので、家に帰って着替えていたら4時からの仕事(Y牧場でのパート)に大幅に遅れる、とあせりました。で、車に仕事着一式、長靴を乗せて、行橋駅前の駐車場(有料。ただし、24時間で450円。安い!)に置いて電車に。帰りの特急が到着するやいなや、駐車場へ猛ダッシュ。そのまま出発して、何と、Y牧場までの20分ほどの間に車を走らせながら、そして赤信号で止まるちょっとの時間を使って、ジャジャーンと「お着替え」を完了したのでありま〜す。対向車の視線を気にしながら、事故を起こさないように注意しながら、ブラウス脱いで仕事用ポロシャツを着て、ズボンも脱いで、仕事ズボンに片足ずつ脚を入れて「エイヤッ」と腰まで引き上げて、スニーカー脱いで、長靴履いて…。
 一時的には下半身は下着だけ状態なわけで、こんな時に警察サンの一斉検問なんぞで止められでもしたら、りっぱに『ヘンタイ』だよなぁ、と思いつつ。
 ああ、オバサンだよなぁ。オバサンってすごいよなぁ。羞恥心なんて、どこかへ放置してきたお陰で、お仕事はほんの少し遅れただけで済みました。
 オバサン化万歳!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.10(2008.8.31発行)より転載。

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鳥・とり・トリ

 前号で鳥の鳴き声のCDの話を書きましたよね。その後、双眼鏡なんぞも安物だけど買いまして、すっかりバードウォッチャー気取りです。
 おまけに、『とりぱん』というマンガも熱心に読んでます。『とりぱん』というのは「とりのなん子」(もちろんペンネーム)という人が週間マンガ雑誌「モーニング」に連載している4コママンガでコミックがすでに5〜6巻出ています。
 彼女は独身で岩手県盛岡市(たぶん)の田舎の実家の近所の庭付き一戸建てを借りて一人でくらしているらしい人です。
 庭は全部菜園にして、野菜作りとマンガ創作の他は、ずっと鳥を眺めて暮らしている人です。庭に来る様々な鳥たちのためにエサ台をいろいろ手作りし、パンくずやリンゴ、ミカン、バナナなどを乗せて、それをついばみに来る鳥たちを観察してはメシのタネ(マンガ)にしているのです。
 なんといううらやましい暮らしだ!
 そこで私も、メシのタネには出来ないけれど、鳥を窓辺に呼び寄せる暮らしをしてみようじゃないか、と思いまして、とりあえず、居間の窓辺に茂っているビワの木に小さい板切れを取りつけて、古古古米くらいの古い玄米(虫発生)を盛ってみました。
 二日目からスズメがやって来て米をつついています。多い時は、6〜7羽が狭いエサ台で喧嘩しながら…。でも、毎日スズメしか来ないなぁ、と寂しく思っていたら、『とりぱん』の作者(北国在住)でも、5〜10月の間はエサは置かない、野山にエサがいっぱいあるから、と書いてありました。なるほど。ということは、わが家に今、毎日来て米を食べ尽くすスズメたちって、甘やかしているってことになるのですね。ちょっと反省。
 そのエサ台のスズメたちの写真を撮ろうとカメラを手元に用意して待っているのだけれど、ちょっとでも人間が動く気配がすると、パァッと飛びさってしまいます。何度も試みたけど未だに一枚の写真も撮れません。もっとご馳走やらないとダメなのかなぁ、などと思いつつ。
 それから、毎朝6時頃から家の近くで高く大きな声でとてもバリエーション豊かな鳴き方をするスズメより大きめな鳥がいて、その鳴き声で目が覚めます。7時になるときまって山の方へ行ってしまうようで急に声が遠くなります。
 CDの声の中から特定しようと思うけれど聴きわけられずにいます。そこで、テープに録音しました。今度、鳥のプロ○丸S子さんに会ったらテープを聴いてもらって鳥の名を特定してもらうつもりです。ヒマ人、と自分でも思うけど、名前を知りたいんだもん。
 それからそれから、一度、エサ台の近くに「もず」(とおぼしき鳥)がちょっとだけ来ました。モズって「♪も〜ずが枯れ木で鳴いていた〜」という歌のイメージから冬の鳥と思っていたら夏鳥とありました。へえーっ。
 というような毎日をのんべんだらりと送っています。
 冬に向かって、鳥のエサ台を増築しようと思っています。
 いろいろなお役目を退任して身軽になって、「隠居」の境地に入りつつあります。
 郵便物も携帯の着信も減りました。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.10(2008.8.31発行)より転載。

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新家族です


注:イラストの子猫 縦約13.5cm×横約7.5cm
 次女(同居中)が犬の散歩の途中、汚い子猫を拾って来ました。(小学生か?お前は!いい年して…)
 目がやっと開いたくらいで、痩せて小さくて、牛乳も一人で飲めません。スポイトでやってみたけれど、あまりうまくいかなくて、次に注射器の針のないやつでやったら、何とか少しは飲めるようになりました。「どうせすぐに死ぬよ」と言ってたけど、意外にたくましく生き延びるので、とうとう子猫用の哺乳瓶まで飼うはめになりました。
 この子猫、私は老眼でよく見えないのだけれど、娘の目で見ると「シラミとシラミの卵がギッシリ!」だそうで、シラミ駆除の薬まで買いまして、振りかけてはシャンプーを娘がせっせとやっています。でも「成虫は減ったけど卵が捕れない」と、半月以上経った今も駆除を続けています。
 で、名前がついに「シラミちゃん」になってしまいました。
 手足が細くて長くて、その手足を踏んばって、寝転んだ娘の腹や脚をよろよろと歩き回るようになって、私も観念してわが家の新しい家族として迎え入れる気持ちになっています。
 わが家にはもう相当なババア猫がいて、洋猫の雑種のため毛が長く、それがどんどん抜けて、家中、猫の毛だらけ状態なのです。だからこのババア猫(ぼろ雑巾のようなのでボロという名)が死んだら、もう猫は飼わないぞ、と思っていたのに、まだボロが健在なうちに、次の猫が来ちゃったよ。しかも、またメス。わが家の生き物は全部メス!本当に全部メス!

  プレーリードッグのメスもいます これも相当のババアです

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.10(2008.8.31発行)より転載。

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智頭町

 朝日新聞に智頭町のことが大きく出ていました。智頭町というのは鳥取県八頭郡にある町で、私の育った町と同じ郡の端と端に位置します。山林ばかりの町で昔は林業で栄えて、金持ちの多い町でした。舟木一夫と和泉雅子の映画『絶唱』の撮影場所になったところです。林業衰退とともに力を失い、過疎化が進んでいました。
 その智頭町の寺谷誠一郎(64歳)という町長を先頭に、過疎を生かした町づくりで注目を集めているというのです。
 鳥取を離れてほぼ40年。鳥取も変わって行きつつあるのですね。
 さて、智頭町ですが、「みどりの風が吹く 過疎の町を目指して」をスローガンに森林や田園を活かしての町づくりを始めているという。寺谷町長曰く、「私たちの目の前には、田んぼや畑がありますからねえ。国に何か頼むよりは、自分たちで汗をかかなくちゃと思うんですよ」「若者、よそもの、ばか者が町づくりのエネルギー。こんど100人委員会をつくって、直接、住民に町政参加してもらう。20歳から80歳まで、女性も35人。ぜひ、この町に疎開にいらっしゃい。政治から逃げていらっしゃい」
 いいですねえ。「政治から逃げていらっしゃい」いいですよ。
 前に紹介した出雲の佐藤忠吉さんの「お上の権威主義とは縁をもちたくない」に通じる自主独立の精神です。しかも、政治から逃げろ!というとても柔らかな強さがいいです。防衛予算にしがみつく築上町とはえらい違いです。一度、智頭町に行ってみたくなりました。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.11(2008.10.2発行)より転載。

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 寒いっ。ついこの前まで暑い暑い言っていたのに、猛暑が永遠に続くかとさえ思っていたのに、急に寒くなって、夜眠れなくて毛布を取り出したり…。
 今、外は豪雨です。台風15号の影響で一昨日の夜からずっと降り続いています。今年はまだ台風が一つも九州に上陸していません。15号もなんとか逸れてくれることを祈っています。
 ( ↑ これを30日深夜に書いて、朝になったらピカピカ晴天。暑いっ!)
 今朝、犬の散歩に出かけて、雨の中を歩きながら、「こんな日は小鳥たちは森の木陰でひっそりと冷たい雨に耐えているんだろうなぁ、と思っていたら、こんな雨の中でも電線や枯れ木の先っぽなんかにとまって、チッチッと鳴いているのがけっこういました。羽毛に包まれているから寒くないんだろうけど…。
 相変わらず鳥を眺め、鳥の声を耳で追っています。まだ、なかなか声を聞き分けることは出来ないです。でも、モズだけは姿でも声でも分かるようになりました。
 最近はヒヨドリの大群が本当に騒がしくあちこちに大移動して、他の鳥の声が聞き取れません。まるで暴走族です。
 窓の側のビワの木に設置したエサ台の上の古古古古米に寄って来ていたスズメたち、9月に入ったらパッタリ姿を見せなくなりました。どうして?
 よく考えてみたら、こんな古米食べなくても見渡す限りの田んぼに新鮮な米がたわわに実っているんだよなぁ、と納得。
 あ、そうそう、窓辺のビワの木に一度だけ一瞬だけどシジュウカラが来たんですよ。9月19日の昼でした。キャーッうれしい!って、本当に鳥バカになりつつあります。
 大分県国東半島でニワトリを飼っている大熊さんが先日、写真を送ってくれました。エサ台に置いたミカンをメジロがついばんでいるアップの写真です。望遠カメラをセットして、車の陰からじっと待って撮ったのだそうです。とてもきれいな写真でした。ああ、こんなの見ると私も望遠つきの一眼レフのカメラ欲しくなるなぁ。
 わが家の裏の竹藪にキジが住んでいて、よく家のすぐ側を悠然と歩いていたりします。私の「押すだけ簡単」カメラでは小さくしか写せません。無念!
 それからそれから、前号に書いた名前のわからない「高くて大きな声でとてもバリエーション豊かな鳴き方をする鳥」の声のテープを中津の鳥のプロ○丸S子さんに聞いてもらいました。「ガビチョウではないかと思う」とのことでした。「画眉鳥」と書いてガビチョウだそうで、外来種だそうです。インターネットにも載っていて、それによるとどうやら他の鳥の声マネもするようで、だからあんなに鳴き方のバリエーションが豊富だったんだね。このガビチョウ、繁殖期が終わったのか最近は声が聞こえません。
 なお、セミの声が完全に消えた今、虫の声が昼も夜も押し寄せるようで、うるさい!と叫びたくなるほどです。「田舎は静かでいいねぇ」なんて、とんでもない誤解です。田舎もにぎやかです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.11(2008.10.2発行)より転載。

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沖 勝治さん急逝

 沖さんが9月21日、心筋梗塞で亡くなりました。77才でした。
 沖さんは苅田町の元町職労の委員長を長くやっていて、その頃から草の根通信の読者でもありました。
 その後、苅田町の町長を3期。苅田町というのは火力発電所・セメント工場・日産・トヨタなどたくさんの大企業が集中している町で、九州で唯一、国の助成なしに自立している豊かな町で、だから逆に金を巡る様々な思惑が交錯する難しい町です。そんな町の町長を3期、金に腹の中まで汚されることなく務め終えて、勇退後はさらりと元の自分に戻った人です。環境問題や有機農業、そしてハンセン病問題、憲法9条の会など、彼のその後の活動は多岐多彩です。
 築城基地前での「2の日」の座り込みにも時々来てくれました。8月2日にも来てくれて、ちょうどこの日、広島のピースサイクルの人たちが築城を通過するので昼食を兼ねた交流会をした時、沖さんも参加して、とても元気で饒舌だったのに…。あの日の沖さんが私の見た最後の沖さんになってしまいました。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.11(2008.10.2発行)より転載。

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中国の牛乳

 メラミン入り牛乳って、びっくりしました。何?それーっ!
 メラミンというと、給食の食器しか思いつかないのですが、きっと粉末状なのでしょうね。これを牛乳に混ぜるとたんぱく質が高くなる(ような測定値が出る)のだそうです。普通の牛乳を水で薄めてメラミンで成分をかさあげしていたらしいです。すごいこと考えつくものだと悪知恵に関心したりして…。
 で、ミルクを大量に飲む赤ちゃんが被害を被っているわけです。深刻な被害を出していることも、もちろん腹立たしいけれども、もう一つ、私がこのメラミン牛乳事件で頭に来るのは、日本の酪農家は経営悪化で次々と廃業に追い込まれているというのに、実は乳製品を中国からまで大量に輸入しているという事実が、こんな形で明らかになったということです。
 三笠フーズの「事故米」事件もそうですが、食品メーカーが「少しでも安い原材料を」と望むところから問題は発生して行くのです。もちろん「コストダウン」はメーカーにとって最大の努力課題なのだけれど、「安い」ものには「安い理由」が必ずあるわけで、そんなことは各メーカーも百も承知で仕入れているはずです。
 「安い」「たくさんある」=「善」という思想から脱却しないと「食」を巡る事件や問題の発生を減らすことは出来ないと思います。
 それにしても中国の人たちもいろいろと次々と「創意工夫」してくれますねぇ。
 ところで、同じ中国の牛乳に関しての記事を見つけました。
 この記事にある牛乳って、放牧という点を除けば日本の普通の牛乳と同じです。それが1リットルで日本円にして350円だって?
 中国経済の発展はめざましく、所得もどんどん伸びていると聞くけれど、それにしても1リットル350円の牛乳が買える人って何割くらいいるのでしょうか。日本の資本とすぐれた技術は今や海外の一部富裕層に注ぎ込まれていて、日本の貧民層は海外の安い汚染食材をあてがわれ、それが国内の生産者の首を更に絞めるという図式を象徴的に見せてくれたのが中国牛乳ですね。
 私たちは既に使い捨てられた民なのでしょうか。

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.11(2008.7.31発行)より転載。

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-「肥だめ」の心くみ取ろう-

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   「肥だめ」の心くみ取ろう 環境白書
    「江戸時代の知恵を途上国循環社会へ」
 政府は3日、08年度の「環境・循環型社会白書」を閣議決定した。今回は、バイオマス資源の活用や省資源型のものづくりなど低炭素、自然共生、循環型の社会へのヒントを江戸時代に見いだす趣向。今後、江戸の知恵を途上国にも広めていくという。
 白書では、江戸時代の社会システムを検証。特に「肥だめ」の効用についてほぼ1ページを割いて詳細に解説した。し尿は放置しておくと悪臭ばかりか感染症の源にもなる。しかし、し尿を肥だめに入れておくと嫌気性細菌の代謝作用で、安全な肥料として安定化された。こうして都市住民のし尿が肥料として農村に運ばれ、その肥料でつくられた作物が都市で消費されており、白書は「まさに循環型社会を構築していた」と絶賛している。
 このほか、壊れた茶わんや破れた傘を直すなど多種多様なリユース(再使用)とリペア(修理)産業があったことも紹介している。
 ただし、現代の日本で実践できる取り組みは少ない。環境省は「発展段階の違う途上国でも循環型社会をつくれるということをアピールしていきたい」とする。
 一方、温暖化問題で白書は、世界で排出量取引市場が広がっている点などを挙げ、「低炭素社会に向けて転換期を迎えている」と指摘した。
・・・・・ 08.6.3 朝日(夕刊) ・・・・・

 ふざけるなよ!って思いません?
 江戸時代の暮らしがほぼ完全な循環型社会だったということは広く知られています。それをやっと「お国」として認めたのは立派立派と評価するけれど、それで何?「現代の日本で実践出来る取り組みは少ない」でも「発展段階の違う途上国でも循環型社会をつくれるということをアピールしていきたい」だって?
 何という高慢な言いぐさでしょう。
「日本でも昔は絶賛すべき循環型社会を構築していた。だけど、それを壊して、大量生産大量消費社会にどっぷりと浸かって、結果、大量の資源を浪費し、大量の廃棄物を生み出し、大気を汚し、水を汚し、公害を垂れ流し、温暖化を進めてきた。そうやって構築した今の快適な暮らしを手放す気は我々にはさらさらないけれど、まだ途上国のあんたたちに、江戸時代の循環型社会形成のノウハウを教えてやるから、あんたたちは少しは不便でも環境に優しい暮らしをしなさいよ」
ということですよね。とんでもないヤツラですよ、我々日本人は。
 現代の日本で実践できる取り組みは少ない、なんてほざくなよ。現代の科学技術を使って上手に江戸時代の暮らしに戻ることは可能でしょ?いまよりちょっと不便になったって、それは不幸ではないし、人間はすぐに順応するんだから。
 それと、「世界で排出量取引市場が広がっている」という、このCO2排出量を国家間で売り買いするという思想というか論理というか、理解出来ません。出さなくて済む国は出さない、でいいわけで、それを出す国がもっと出すためにワクを買い取るなんて…。汚い思想です!

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.9(2008.10.2発行)より転載。

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ノビ

 ノビは30才のフィリピン女性です。漁師の夫と6才の息子・4才の娘を残して、2月初めから一ヶ月間、日本に「畜産の研修」のために来ていました。
 ノビの住む島の周辺は魚もたくさん捕れて暮らして行くのに困らないけれど、彼女は小学校しか出ていないので、二人の子供はぜひ大学にまでやりたいと願って、そのためのお金を自分で稼ぐために牛飼いになろうとしています。
 ノビの島には井上さんというボランティアの日本人がいて、カウプロジェクトというのを立ち上げ、肉用牛をノビたちが彼から借り受け、子牛が生まれたら一頭を返すと次の子牛から自分のものになる、というシステムで牛飼いとしての自立を援助しているらしいです。
 今回の研修は、福岡県国際交流センターの主催で『NPO等共同人材育成事業』という事業で「NPO女性エンパワーメントセンター福岡」の協力によるものです。エンパワーメントのメンバーが私の知人で「どこか研修受入先を紹介して」と頼まれました。
 いろいろあって、最終的には築上町の大石牧場にお願いしました。大石牧場の後継者の嫁さんがフィリピンの人で、しかも、年齢もノビと同じなので、意思疎通という最大の問題が難なくクリア出来て、ラッキーでした。
 本当は肉牛の牧場が良かったのだけれど、私が無理を言えるのはやっぱり酪農家しかいなくて、だから、ノビのために役に立つ研修になったかどうか…。
 ノビの島での牛飼いは、原っぱに放牧して、雑草を自由採食させるというシンプルなもので、穀物などのいわゆる飼料は一切やらないそうです。日本の牛飼いは牛舎の中に牛をつないで、いろんなエサをいっぱい与えて、一日中ウンコ掃除ばかりしている、と少々あきれぎみでした。
 朝晩の仕事の合間に、私が車で近隣の牧場を案内したり、いろんな友人に会わせたり(というより、英語がしゃべれない私は、単語を並べるだけで、それでもノビは少し日本語も分かるので何とか通じているようなのだけど、ノビの話す英語を私は全く聞き取ることが出来なくて、英語を話せる友人の所に助けを求めに行ったというのが実態です)、それなりにノビの少ない日本での研修期間に実りある経験を…と心を尽くしたつもりです。
 ノビは大変な努力家で勉強熱心で、いろいろ質問します。私の説明が不十分で理解出来なくても、その夜、インターネットなどで調べて、翌日には「OK!、よく分かった」となっているのです。
 例えば、道路脇のいちぢく畑を見て「あれは、何?」でも、いちぢくって英語で何ていうの?分からなくて、いろいろ言って、最後には断面の絵を描いてみたりしたけど「よく通じてないなぁ…」ところが翌日、「いちぢく、OK!」なのです。エライねぇ。
 豊前市の肉牛の牧場の見学に行ったら、ちょうど大量の「おから」を給与しているところでした。「あれは何?」う〜ん、大豆って何て言うんだっけ?よく分からないけど、とにかく「ビーンをマッシュして、トーフという食べ物を作る」「トーフは人間がイートする」「トーフのカス」「う〜ん、カスって、分からないよねぇ、カス、う〜ん、ゴミ?」などという、ほとんど禅問答。
 でも、翌日、ノビは「ソイビーンね、OKよ」
 そうか、大豆はソイビーンなのか、そういえば、トヨエツがコマーシャルやってる大豆のバー状食品の名がソイジョイだったよなぁ、そうかぁ…。
 勉強になります。
 勉強家で意欲的で陽気で酒豪のノビはカウプロジェクトの「ボス」井上さんにとてもかわいがられ信頼されているようです。きっと将来、島の牛飼いのリーダーに育って行くでしょう。
 夫と二人で南の島で、半農半漁でのんびりゆったりとくらして行けたら、そんな生活がずっと子どもへ、孫へと続いて行けたら…と思います。でも、「子どもたちを大学へやりたい」「娘を看護師にして、出来れば日本の病院で働けるようにしてやりたい」というノビの強い思いは、彼女の生きて来た30年の暮らしの重さから発するものだろうから、それに対して「大学に行って、日本で働いても幸せになるとは限らないよ」なんて言えません。
 ノビの願いと同じ願いをみんな強く求めた時代が我々にもあって、そこをみんな登って、登り詰めて、社会全体が崩落してしまった日本という国の我々だから、「貧しくても、自然の恵みの中でゆったりとくらせるのが幸せ」などと言えるのですね。ノビには言えない。
 ノビの夢がかなうといいね、ガンバレ、ノビ。

渡辺ひろ子『私信 づれづれ草』NO.7(2008.4.7発行)より転載。

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http://www.rircl.jp/ NPO法人 農と人とくらし研究センター