づれづれ草

コラム「づれづれ草」について
北九州で農業にたずさわる渡辺ひろ子さんの個人紙『私信 づれづれ草』からの転載です。2007年6月、30年続けた酪農に自ら終止符を打ったとのことですが、農業にはこれからもかかわっていくと、日々の思いを気丈に綴っています。
挿絵も渡辺さんが描いています。
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敗北宣言

 私、酪農を廃業しました。6月5日に牛たちをすべて処分(酪農家に買い取ってもらえる牛は買ってもらい、買い手のつかない牛は屠畜場へ)しました。一頭も残さずすっぱりと手放して、酪農家としての私は終わりました。
 「楽農ぐらし」の中でこの事態を予想させるようなグチが急増していたと思いますが、グチグチ言いながら、でもまだ何とかこの仕事にしがみついていたいという思いがありました。
 体力的にはまだまだ5年や10年は…とも思っていました。
 実は「やめる」と決断したのは5月20日過ぎてからのことです。
 5月20日に4月分の乳代の計算書が出ます。それを見た途端に切れかかってそれでも辛うじてつながっていた気持ちの糸がプツンと切れました。
 半年ずっと赤字でした。赤字の額自体は大きな金額ではないけれど、それでも一ヵ月休みなく働いて、貯金を下ろして持って行かなければならないなんて、いくらなんでも働く意味がない。
 これから夏乳といって、夏場は乳価が少し上がるので秋まで待って廃業したら…という忠告もありました。でも、夏乳といっても以前のような価格は望めない現状だし、それで機械の一つでも壊れたら、もうアウトです。
 それに何より気持ちが途切れてしまったのが大きいわけで、こういう気持ちになった時に決断する方が後で後悔しなくてすむだろうと思いました。
 「やめてどうするん?」という問いには「やめんでどうするん?」と答えて、後はさっさと事を進めて、きれいさっぱり「終わり」ました。
 酪農を始めて丁度30年です。先の見通しなど何もない廃業です。退職金もなく失業保険もない自営業の末路は哀れで、これからどうやって老母を養いながら自活していけばいいのか、考えると暗くなるので、とりあえず少しの間、ぼんやりと日を過ごすつもりです。まぁ、一年くらいはかろうじて食える蓄えが残っているうちでの廃業だったので…。
 本当はこんな形で酪農人生を終わりにしたくはなかったです。とても悔しいです。
 日本の農業政策が小規模農家をつぶしてしまうという強い意思をもってしまった中で、女ひとりの零細酪農家は真っ先にへたってしまったわけで、実に実に悔しいです。
 ガランとした牛舎。さて、この牛舎の処分をどうするか、今、苦慮しています。
 このままにしていると固定資産税がずっとかかるわけで、だれか倉庫としてでも借りてくれないかと思うけれど、借り手買い手がなければ解体しなければなりません。解体するなら、クズ鉄が高騰している今がチャンスで、鉄の値が下がったら、解体費用がまた莫大なものになるよ、と脅かされます。
 まだしっかりした大きな鉄骨の40頭牛舎なので、解体してしまうのはもったいないのだけどねぇ。
 牛舎の他にも、酪農にしか使わない機械などいくつかあって、その処分も考えなくてはいけないし、雑務がまだまだたくさんあります。
 しかし、まぁ、牛がいた頃に比べたら目茶苦茶にヒマで、しかも、生活の時間が全然違ってしまって、困っています。
 特に夜が問題で、なにしろ、深夜に風呂に入って、それから晩ご飯食べて、寝るのが2時3時という暮らしを30年続けてきたのです。
 それが突然、まだ外が明るいうちに風呂に入り、7時頃に晩ご飯です。調子が狂って、どうもまだうまく生活のリズムが作れません。

渡辺ひろ子『私信 楽農ぐらし』NO.116(2007.6.15発行)より転載。

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歩いています

walking 廃業した翌朝からウォーキングを始めました。
 私のケイタイに歩数計がついていて、朝晩の牛舎の仕事だけで毎日1万7〜8千歩カウントしていました。牛飼いやめたらきっと2〜3千歩程度になるだろうと思って、毎朝1万歩歩くことにしました。これが結構大変で、1万歩歩くのに1時間半かかります。一生懸命歩いて1時間半です。車の少ない道を選んでも朝は通行量がかなり多くて、排気ガス浴びながら歩いています。健康にいいのか悪いのか…。
 以前、車で通行中にウォーキングの人を見かけると「ヒマ人が!歩くヒマがあるなら仕事をしろよ!」と思っていました。今、私がヒマ人です。
 梅雨入りしました。雨の中を雨具を着てまで歩くのはみっともない気がしてイヤです。雨の日が続いたら、運動不足で足腰弱るだろうし、デブになるだろうし、困ったなぁ。

渡辺ひろ子『私信 楽農ぐらし』NO.116(2007.6.15発行)より転載。

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無職の自分

gakuajisai 廃業の結果、現在、私、無職です。
 無職というのは想像以上にこたえます。
 「あんたは何者か?」と問われた時、何も答えることが出来ない、自分が何者なのかが「ない」という気がして、とても心もとない感じなのです。アイデンティティの喪失とでも言うのでしょうか。なんとなくお腹のあたりがスカスカした感じです。
 こういうのは廃業を決めた時点で予想していませんでした。
 人間にとって「仕事」というのは「自分の証明」みたいな意味も持っているのですね。新しい発見でした。
 じっくりとこれからの暮らし向きのことを考えて、次の「仕事」の形を作ることを通して、新たな自分を確立して行かなければ…と思います。
 30年、自営業やってきたので、今更「お勤め」はツライと思うし、第一「勤め口」もこの歳では見つからないだろうし、それに、出来れば農業から離れたくないとも思っています。
 でも、私は今、農業者であることさえ出来ない立場です。とりあえず早急に元夫との間に小作契約を結ばなければ農業をやれません。田畑はかなりあるのだけれど、名義がすべて元夫になっているのです。農地30アール以上所有(小作でもよい)していないと農業者として認められないので。
 まず農業者として復活して、そしてどんな農業をやるのか、少しづつ積み上げて行くつもりです。
 というわけで、現在の私は無職です。
 スカスカの無色の無職です。

渡辺ひろ子『私信 楽農ぐらし』NO.116(2007.6.15発行)より転載。

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自主独立農民という仕事

 森まゆみさんの書いた本です。「佐藤忠吉と木次乳業をめぐる人々」という副題がついたこの本に私は偶然にも酪農をやめる決意をした直後に出会いました。
 「草の匂いのする牛乳や山葡萄の香り高いワイン。健康な野菜にホンモノの卵。島根県木次は滋味に満ちている。めざすは地産地消」「次代に手渡す農≠ェある」などの帯の言葉が示すように、島根県奥出雲の木次という小さな町で展開されている佐藤忠吉という85才の人がリーダーとなって造りあげて今も変貌展開を続けている地域として独立しているかのような経済の形態を示したノンフィクションです。
 佐藤忠吉さんは酪農家で、でも日本人と牛乳の関係に早い時期に悩み、ホルスタインをやめてブラウンスイスという種を導入して山地放牧酪農を、そして、数人の共同出資で木次乳業という小さな乳業メーカーを立ち上げ、日本で一番早くパスチャライズ(低温殺菌)牛乳の販売を始めた人です。
 世間の人が低温殺菌に関心も知識もない時代に全国を自ら回って販路を作り、工場を拡張し、牛乳のみならずチーズ工場も作り、小さいながら地元にも認められる優良企業に育てています。
 そして、彼の好奇心は牛乳に留まらず、また彼の回りにいろんな人びとが集まって来る中で、葡萄園が出来、ワイナリーが出来、地元大豆の豆腐屋が出来、卵屋が出来、古民家を移築して研修施設が出来、こだわり野菜の農家が増え、焼酎や日本酒も造り…という風に、木次の町の小さな経済はグローバル化に突き進んで行く日本の経済から独立して独自の広がりをゆっくりと重ねているのです。
 佐藤忠吉さんの語る言葉はどれもこれも「う〜ん」とうならされるものばかりなのだけど、特に私がうなったのは次の言葉です。
 「町づくりだの村おこし、地域の活性化とさわいでおりますが、地域は活性化する必要はない。むしろ鎮静化すべきだと思うとります。」
 私が以前から言って来た「進歩発展はもうやめよう」という言葉に通じるものがあるという気がします。
 また彼は言います。
 「20アールの土地があったら、完全自給できます。何が起きても、国がなくなっても、その土地があれば食える。こうでもしない限り、貨幣経済からは自由になれません。」
 う〜ん、これもすごい!
 「私は政府の政策は無視する。研究する必要もない。現場を知らんもんが、農民でないもんが、机の上で計画をたててうまくいくはずがない。お上が決めたことがえらい、という権威主義とは縁をもちたくない」
 う〜ん、う〜ん、すごい!すごい!
 政府の政策に振り回されて、ついに振り落とされてしまった私はうなるしかないです。
 つらい決断をした直後の私は呻くようにこの本をよみました。
 私は佐藤忠吉さんのように地域を動かして行く力量も人望も財力もないので、今更彼の生き方のマネなど出来ないけれど、でも、自分自身の中で「自主独立農民」という生き方を探ってみるのは出来るんじゃないか、と思い始めています。
 田んぼは1ヘクタール近くあって、耕作は他人にまかせているけれど、食べる米に不自由しないし、50アールの畑もあるから、まず荒れ放題になっている畑地を少しづつ、ちゃんとした畑にして行って、とりあえず自分の食べるものは極力自分で作ることを目ざそうと思います。
 そうして、余ったものを直売所などで販売する。決して「売る」ために単一作物をダーッと作るなんて愚は繰り返すまいと思うのです。
 貨幣経済からの自由。政策からの自由。
 そういう農業を自分の暮らしの小さな腕で囲える範囲の中だけで確立して行こうと思うのです。
 「自主独立農民」として一人きりで立って行きたいと思うのです。
 で、今、放置していた家庭菜園の部分に手をつけ始めたところなのだけれど、3年近くの放置の結果、木や竹が生い茂り、伸びた草が絡まり、倒木が横たわり、苦戦しています。ぼちぼちやります。
 政策に振り回され、数字に追い回された酪農人生30年から開放されたのだ、と思えば、廃業を前向きにとらえることが出来ます。

渡辺ひろ子『私信 楽農ぐらし』NO.116(2007.6.15発行)より転載。

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楽農ぐらし

 さて、酪農家でなくなった私が出す私信が「楽農ぐらし」というのもやっぱりまずいかなぁ、と思うわけで、一応、今号をもって最終号としたいと思います。
 でも通信は今後もずっと今後も書いて行きたいのでタイトルを変えて、第一号として次回新たにスタートしたいと思います。
 今後、渡辺がどんな風に暮らして行くのか、今まで同様に見続けていただきたいと思います。
 しかし、酪農家でなくなった渡辺に関心はない、という方も多かろうと思います。特に酪農関係の方たちはそうだろうなと思うわけで、もう、通信を送らないでほしいと思われる方はぜひ遠慮なく、ご連絡下さい。(電話でもFAXでも葉書でも人を介してでも)

酪農家のみなさん、関係機関のみなさん、長い間本当にお世話になりました。何年か後に、「酪農はもうかってて、いいねぇ、私もやめんでがんばっとけば良かったァ」とくやしがるような酪農情勢になるといいですね。

渡辺ひろ子『私信 楽農ぐらし』NO.116(2007.6.15発行)より転載。

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小鳥

 春です。最近、また「目まい」が少々。夜、眠ろうと目を閉じると目の中がぐるぐる。朝、目覚めて目を開くと視界全体がぐるぐる。これまでも時々起こって、ずっと前、一度病院でCTやいろいろ検査してもらって、「特に異常はありません。多分、年齢から来るものでしょう」と30代のきれいな女医さんから言われてちょっとムカついたことがあり、以来、目まいが起きても医者には行きません。たいてい、一週間もすれば収まる程度のものなので…。たぶん、年齢から来るもの≠ネのでしょうねぇ。
 朝の「ぐるぐる」が収まったら、犬の散歩に出かけます。30分くらい歩きます。まだ風は冷たいけれど、それでも少し前までの刺すような冷たさとは違って「ああ、春の風になって来たなぁ」という感じです。昨日、つくしを見つけて数本摘んで帰って、つくしだけの茶わん蒸しを食べました。
 わが家の周辺の田畑や雑木林や果樹園や里山を歩くと、たくさんの小鳥に出会います。車でブーッと通ってしまっていた時には単なる「小鳥」としか分からなかった鳥たちも、ゆっくり歩きながら見ると実にいろいろいるわけで、色も姿も鳴き声も飛び方も様々です。
 でも、私は鳥の名前がほとんど分かりません。目にやきつけて家に帰って、急いで図鑑を見てもやっぱり見分けがつけられません。せいぜい、スズメ、ヒバリ、メジロ、セキレイ、ヒヨドリ、カワセミ、ウグイスくらいが見分けられる程度です。
 いつもわが家の庭先にちょんちょんとやって来て、車のミラーにウンコして行くきれいな小鳥の名が最近になってやっと「ジョウビタキ」の♂だと知りました。
 名前を知るというのは大事なことです。名前がわかると途端にいとしさが増します。
 カワセミはなかなかお目にかかれないけれど、出会った日は朝から幸せになる気がします。
 中津の三丸S子さんは植物・鳥のプロで、鳥の声だけで名前を全部当てることが出来る名人です。弟子入りしたい気分です。
 今年はメジロがとてもたくさん来て、梅の花などをついばんでいます。もう少し暖かくなるとウグイスの声が響き渡るようになるでしょう。初夏にはホトトギスの声も…。ホトトギスは声は知っているけど(トッキョキョカキョクと鳴く)姿は見分けられません。それから、わが家の裏の藪にはキジの夫婦やコジュケイ一家も住んでいて、時々窓の下を走っていたりします。
 とてもいい所に住んでいるなぁと、そんな時に思うのです。野うさぎもいるし、きつねもいるし…。
 これで、空が静かだったら、天国なのに…と、戦闘機の轟音に身をすくめながら思う今日この頃です。
 でも、先日(2月23日だったか?)の突然の大雪には驚きましたねぇ。爆弾低気圧とやらの日です。北国の人から見れば「何を甘えたことを言ってるの!」だろうけれど、朝起きてみたら、10センチ以上の積雪で愕然!こんなに積もったのって何年ぶりだろう。
 雪が積もるとわが家は冬眠です。大きい道路は車がたくさん通るので雪も早く消えるのだけど、わが家から大きい道路まで出られません。チェーンを装着するほどの距離じゃないし…というわけで、雪が解けるまで出かけないことにしています。ま、せいぜい2日ですから。
 テレビの週間天気予報を見ていると、新潟って、冬中ずぅーっと雪だるまが並んでいますねぇ。あれを見ると、ああ、私って、天国に住んでるなぁと、申しわけない気持ちになります。
 新潟県で唯一の知人野崎さん、いかがおすごしですか?早く春が来るといいですね。

渡辺ひろ子『私信 づれづれ草』NO.6(2008.2.29発行)より転載。

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国家の品格

 ノルウェー、すごいです。環境問題を言う人は多いし、いろいろ取り組みもすすんでいるけれど、ここまで言い切る国はまだない。はじめから「環境よりも経済発展が優先」と京都議定書から抜けたアメリカ、知らぬ顔して公害出し続ける中国、排出ワクを他国から買い取るという姑息な手を使う日本などに比べて、まさに「国家の品格」がうかがえる国です。
 「経済発展」が国民の幸せとイコールではないということに政治家も国民もいち早く気づいたのがノルウェーという国なのでしょう。
 アメリカの次期大統領にはオバマさんが最有力のようだけど、オバマになったら少しはあの国のあり方は変わるのでしょうか?
 与野党逆転で政権を狙うわが国の民主党。小沢が首相になったら、少しはこの国が変わるのでしょうか?
 あの有名な『国家の品格』という本は著者の名前を見ただけで精神衛生上よくないと思うので決して読まないのだけれど、本当に品格のある国家というのは、ノルウェーのような国を言うのだと思います。
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温室ガス排出 2003年にゼロ
ノルウェー、目標20年前倒し 与野党合意
   朝日新聞(夕刊) '08.1.18

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ついにパソコン入手(中古)。でも、まず、「うっ、フタがあかない。どうやってあけるの?」やっと開いて初心者本に従って作動するも、「↑を右上に移動してクリック」って↑がいないよ。どこに行ったの?なんて状態なので、また今回もワープロで作成しました。

渡辺ひろ子『私信 づれづれ草』NO.6(2008.2.29発行)より転載。

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酪農連大会

 のほほんの酪農家たちもやっと事態の深刻さに気づき始めたようです。以前は福岡市で毎年九州大会が開かれていたので「族議員の手柄話を聴くだけに集まるなんてバカげている。せっかく九州最大の繁華街福岡市天神に集まるんだから、市内行進して市民にアピールしよう」と何度言っても相手にされなかったばかりか、最近は大会自体何年も開かれていなかったです。
 さすがに呑気な酪農家たちも仲間が次々と廃業したり、経営破綻したりで、危機感が出て来たみたいだけど、それでも、「そんな大会に出たって、それですぐに乳価が上がるわけでもないし…」と参加を拒否する人も多かったと聞きます。私は部外者になってしまったので参加出来ませんでしたが、そういう考えだから、今日の事態を招いてしまったんだぞ、と思うのです。
 乳価を上げる(と言うより元に戻す)のに絶対必要なのは消費者の理解です。スーパーで売られている牛乳パックの後ろに酪農家の働く姿・牛たちの姿が見えることが大事なのです。政治家の顔ばかり見て、消費者に自分たちの顔を見せないで来たことのツケが今日の窮状です。もっともっといろんな場で「もう、限界だぞ!日本の酪農が壊滅するぞ!」と叫ぶべきです。
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「酪農守れ」1800人結集
熊本 飼料高騰へ対策求める
     朝日新聞 '08.02.10

渡辺ひろ子『私信 づれづれ草』NO.6(2008.2.29発行)より転載。

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ドクターヘリ

 最近、テレビの特集などで話題になっているドクターヘリ。医者と看護士が乗って、急患の所に行き、応急手当をしながら病院に搬送するヘリコプターです。救急車なら3時間かかる病院にでも20分で搬送出来るという、しかも医者が手当をしながら。
 このドクターヘリ、一機が1億数千万、維持費が一年に2億近くかかるために、全国でまだ13機しか配備されていないのだそうです。年間2億の維持費の半分は国が助成するそうですが、残り1億の維持費が都道府県には大きな負担になり、導入が遅れているというのです。
 確かに、1億だ2億だと言えば、大変なお金だと思うけれど、考えて見れば、F15戦闘機1機が120億です。それが築城基地だけで20機もあるのです。1機あたりの年間維持費がいくらかかるのか私は知らないけれど、毎日ガンガン飛び回る燃料費やパイロットや整備士の人件費だって相当なものだと思います。
 まったく人を助けるのに役立ちもしない戦闘機1機に120億も出して、それも何百機も配備維持している国です。
 直接人命を救助するドクターヘリを全額国の予算で導入し維持費も負担して全都道府県に複数機配備するくらいして当然だと思います。築城基地のF15戦闘機20機が10機に削減されたって、喜ぶ人はいても困る人は断じていません。
 「いつか起きるかも知れない戦争」のための戦闘機より「今、助けを必要としている救急患者」のためのドクターヘリ。それに異論をはさむ人はいないはずです。私たちの、私たちのためのお金です。

渡辺ひろ子『私信 づれづれ草』NO.6(2008.2.29発行)より転載。

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暑いゾーッ!!

 言っても仕方ないけれど暑いですねぇ。
 連日、35度だ、37度だ、38度だと、とても人間が生きていけるとは思えない気温が続いて、まさに日本列島は熱帯に含まれてしまったかのようです。息をするのもイヤというくらいの暑さです。
 みなさん、何とか生きてますか?(と、この前振りは決して通信の発行が遅くなったことの言い訳なんかではありませんよ。)
 冷房入れると心も財布も痛むので、扇風機で熱風をかき混ぜて我慢しています。何もする気になれず、汗まみれでトドのように転がっています。
 雨らしい雨がずーっと降らないので、トラクターでガーッと鋤いたまま放置している畑に雑草も生えません。
 相変わらずの夜更かし朝寝坊生活で、愛犬ランの散歩はお日様カンカン照りの8時頃です。こんなに暑くても野道や田んぼや池や雑木林にはとてもたくさんの生き物たちがいて、にぎやかです。今朝見つけた生き物を家に帰ってから思い出して書き上げてみました。名前の分からないものは図鑑で調べました。
 クロアゲハ・モンシロチョウ・モンキチョウ・ギンヒョウモン・ヒメジャノメ・シジミチョウ・アキアカネ・シオカラトンボ・オニヤンマ・コシアキトンボ・ハラヒロトンボ・イトトンボ・イナゴ・バッタ・アシナガバチ・ニイニイゼミ・アブラゼミ・クマゼミ・ツノゼミ・カエル・オタマジャクシ・アメンボ・ミズスマシ・ジャンボタニシ・フナ・ヘビの死体・カラス・ハト・セッカ・スズメ・小鳥(スズメより小さいピイピイルゥピッピと鳴く小鳥。たぶんホオジロと思う。)
 小鳥は何種類か見たようで、でもまだ姿で見分けることも声を聞き分けることも出来ません。
 最近、草の根の会のメンバーの中津の○丸S子さん(鳥や虫や草木のプロ)に鳥の声のCDを借りてコピーして、車の中で聴いています。なかなか覚えられないし、聞き分けられません。でも、例えば、ウグイスのホーホケキョという有名な声はいわゆる「さえずり」で要するにオスの繁殖期の鳴き声であって、地声は低く濁った声でギョッギョッと短く鳴く単調なものだと初めて知りました。このCD、丁寧な解説付きでなかなかのすぐれものです。
 せっかく自然豊かな田舎に住んで、たくさんの生き物に囲まれて暮らしているのだから、少しは彼らと親しんでみたいと思うのだけど、特に鳥は難しいです。種類も多いし、姿や声も様々で、しかも、じっと止まって姿を見せてくれることはマレなので・・・。
 「初心者は、探鳥会などに参加して詳しい人に教えて貰いながら、実際に見て聴くのが一番」と○丸S子さんの弁。
 この前、○丸さんに会った時、「田んぼの上の高い所をヒッヒッヒッと機械が擦れ合うような声で鳴きながらヒュンヒュンと飛ぶ小さい鳥」と聞いたら「それはセッカ」。「真っ黒な胴の真ん中に大きな真っ白な点が一つあるトンボ」と聞いたら「それはコシアキトンボ」と即答。もう、ソンケイノマナザシ・・・・・・です。
 植物図鑑は何冊も、そして野鳥図鑑も一応持ってます。昆虫図鑑がしょぼいのしかないので、今度買おうと思ってます。
 オタクをめざすぞぅ!
 (最近、セミの大合唱に遮られて鳥の声があまり聞けません。セミもまぁ鳴く理由があって鳴いているのだろうから、我慢するけれど、でも、本当に暑苦しい声ですねぇ。)

渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.9(2008.7.31発行)より転載。

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http://www.rircl.jp/ NPO法人 農と人とくらし研究センター