リレーコラム

vol.1 vol.2

「開発」・暮らし・文化人類学 No.0000

tomita001.jpg “「開発」・暮らし・文化人類学”というタイトルは、かつて、放送大学の面接授業で設けていた講義の名称である。現在でも東京農業大学のバイオビジネス研究の大学院で、日本にやってきた留学生諸君を中心に「バイオビジネス人類学特論」の講義を受け持って続けている。
 この面接授業では、開発という用語を「」でくくり、一般的な開発の定義とは、異なる意味を受講生諸君と一緒に考えようとしたものである。授業では、放送大学という性格から、年齢の異なる、様々な経験をもった方々が授業を受けていただいた。中には、国際NGOで現在も活躍されている方、国際協力機構の専門家、青年海外協力隊員だった方、省庁の国際協力担当だった方々などがおられて、授業での討論は、熱の入った議論となり、しばしば、講 義をする私が、受講生の議論に説明できないことがあったりした。
 文化人類学は、人間の営みを意味する「文化」を地球上のあらゆる地域、民族、生業形態などをもとに比較研究する学問である。文化は、文化人類学では「生活様式」 way of life あるいは design for living という用語で説明される。
 地球上には、多様な環境の中で、様々な人びとが暮らしており、そこでの暮らし方は、環境、伝統などに依存してはいるものの“よりよい暮らし”を求めて今日を築いてきた。
 このコーナーでは、筆者が歩いてきたわずかな、地球上の人びとの暮らしから学んだことがら、“よりよい暮らし”とはなどをテーマに1枚、あるいは数枚の写真、あるいはつたない私の描いたスケッチなどをもとにフィールドノート、講義ノートをもとに書き記すことにする。

富田祥之亮

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「開発」・暮らし・文化人類学 No.0000-1 「開発」の概念の変化

 「開発」という言葉をカッコでくくり,その意味を文化人類学的に学生諸君と考えていこうという意図で講義をはじめた。5年間続いた。事務の話では,講義は学生たちに好評で,抽選で受講者を決めていたとか。ある学生は,何度も抽選にはずれてしまう,何とかしてほしいといううれしい苦情もいただいた。講義の反応については,機会をあらためて書くことになるだろう。

 さて,開発という言葉は,日本語では,ブルドーザーで土地の形状を変えて別の用途に用いる意味が強い。産業的な開発を中心に経済的な土地利用目的の改変である。高速道路網,空港・港湾整備,新幹線網など交通基盤の整備,テクノパークなど企業団地,学園都市,大規模住宅団地などが代表的なものである。農村地域では,大区画農場整備に灌漑排水など機械化に適用できるような整備があった。特に,東海道という日本の経済中枢を結び付けた新幹線は,瀬戸内海を西に走り,東京,横浜,名古屋,京都,神戸,福岡と昔,小学校や中学校の社会科でならった六大都市を結んで,確かに経済の基盤としての役割を果たしてきた。この計画は,開発の速度は落ちたもののさらに伸展しようとしている。経済がこうした大都市中心に展開するなかで現在では,地域格差の拡大が著しくなり,地方にとって地域経済の起爆剤としての新幹線信仰がいまだに強く,延伸に対する期待感が求められている。
 こうした開発現象,経済の規模の拡大による生活の向上は,先進国の発展に関して主流であり,世界経済の基調は,依然として経済のパイを大きくすることに主眼が置かれている。
 この講義を開始した90年代に入ると,世界の開発に対する論調は大きく変化をしてきた。「開発」の意味の変換である。国連開発局(UNDP)が提唱してきた「人間開発(Human Development)」という考え方は,その代表的なものである。英語での開発,デベロップメント development には,人間の能力の発展という意味も含まれており,そちらの意味のほうが強いようだ。その動きは,世界の主流とはならないまでも,発展途上国においては,大きく変化をもたらしてきた。
 これまでの開発は,産業基盤や交通輸送基盤等,経済というパイを大きくするものが優先されていたが,格差は大きくなるばかりであり,貧困問題は深刻化する一方であった。その反省から,新しい開発,人間開発は経済基盤よりも優先しなくてはならないものとして,人間一人ひとりの能力の開発とその能力の活用に重きをおいた考え方だ。  言い換えると,これまでの開発が,人間を外側において社会基盤,経済基盤を対象にしてきたものを,人間を対象に変えて,個々の人びとの,能力発展の意味に変換しようとするものである。このような考え方は,貧困問題と同時に男女間格差の問題としても大きな課題となった。ジェンダーという問題である。

富田祥之亮

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「開発」・暮らし・文化人類学 No.0000-2 ジェンダーと「開発」

 ジェンダーという考え方は,第3回世界女性会議ナイロビ大会(1985)で登場した。経済活動に女性の参加を促すと同時に地位向上を実現しようと1975年メキシコ大会を第1回として世界的な行動綱領が採択されていった。女性が開発過程に参加しだすと,多くの問題が生じた。日々の生活をどのように,誰が担うのかという問題である。
 アフリカのケニアの首都,ナイロビはその会場であり,ジェンダーの概念が世界の女性たち,共通のテーマとしてはじめてとりあげられたところである。
 経済活動に女性が参加することの重要性が第1回メキシコシティ大会(1975)で採択され,WID(ウィド)という概念が提唱された。WIDは,Women In Developmentの略字で「開発への女性の参加」を意味するものであった。しかし,こうした活動が広まると家事や育児を誰がするのか,という問題が生じた。当初は,就学し始めた,特に女子児童にしわ寄せとなった。家事と小さな子供の世話をするために女子児童が学校を休み,同時に女性の過重労働の問題が深刻になった。家事・育児に男性の参加が大きくとりあげられるようになった。
 この問題において多くの地域では,家事・子供の世話という問題に対して,家族員以外の女性を雇うことで実現してきた。また,一方でアフリカ各地では経済力のある男性は,これまで複数の配偶者をもつこと(複婚 polygamy)を支えてきたが,家事・育児の軽減のために複婚,つまり,一夫多妻制を固定化することも見られるようになった。アフリカばかりではなく,南アジアのネパールの山間部で,ある中年女性は,「経済力がついたので夫は2番目の妻を迎えることができた。これで,宗教活動や地域のボランティア活動ができるようになった」,というのである。このように婚姻の慣習の問題にも開発の影響が起きてきた。
 家事・子供の世話に雇用で対処しようとする方式は,西欧で発達してきた対処方法であり,女性の開発への参加が重要視されて多くの地域で浸透してゆき,女性の社会的地位を向上させていった。スリランカ政府の女性局で,局長以下,多くのスタッフ(ほとんどが女性)に「皆さんの家庭の家事・育児は,どうなさっているのか」とたずねたことがある。経済力のある上級官吏は,3〜4人,局の雑務を担当するものでも1人の家事担当を雇っていた。
 確かに,この方法は,女性が社会的に高い地位を確保するのに大きく貢献した。人間開発の年次報告では,人間開発の状況がどこまで伸展したかの数値的指標が用いられている。これを人間開発指標,Human Development Indicators (HDI)という。この指標に付随して各種の指標が用意されており,その中で女性の地位向上の総合指標,「ジェンダー開発指標」Gender Development Indicators (GDI)がある。年次別にGDIの変化を見ると,日本の順位が世界の中で,後退するように見える。これは,多くの国々でのGDIの向上,改善の速度が速いのである。

富田祥之亮

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こんにちは

suisen 福井の井上です。
 12月に入って、北陸特有の時雨模様が続いております。でも、関東などの乾いた冬よりも私にとっては過ごしやすく、心が落ち着く季節です。

 先日、私の所属する事務所では、普及外部評価が実施されました。
 これは、平成10年度から始められたもので、初めは普及のシンパづくりもねらいでしたが、現在三巡目ともなると、発表者になった普及員の資料づくり・発表力をつける場とはなるものの、準備すること自体、なにやらおっくうになってきております。

 外部評価のもとになっているものが、普及計画ですが、農業改良助長法にも裏付けられているように、普及指導員に課せられた仕事への意思表明であり、農家と普及指導員(関係機関も含む)との約束です。そして、市町の地域計画に(これは、農家・農業者、農業団体、勤労者、中小商工関係者、大企業、公共機関にかかるモロモロのことが複雑に絡み合って作り出されるものですが)結びつくものです。

 昭和40年代に出版されたものだと思うのですが、「これからの普及」を論じたものに、栽培や農家生活にかかる技術指導と地域のコーディネイトをする役割が書かれており、特に地域コーディネイト力が大切と記されておりました。

 この頃から生活担当を中心に、地域コーディネイトといった仕事がなされ、様々な情報収集・活用力、そして関係する様々な機関、そして地域の人々、それらを結びつけて、地域の課題解決を図ってきた・図ろうとしてきました。このコーディネイト力は各人のもつ「勘」も大きな要素ですが。

 しかし、時の移ろいは、そうした地域づくりにかかる取組みに対しては、普及の成果とされるものでなく、時として、普及の関わりは明確にされないものとなりましたし、技術にかかる取組みは有料化していけばよいではないかという議論にふりまわされようになりました。

 また、JAの営農指導員に力を貸し、栽培技術指導といった対外的には極めて理解しやすい仕事以外は評価されにくくなりました。

 県内で一番の農業生産額を(他県に比べたらさほどでもないのですけれど)誇るような現在の勤務地では特に地域づくりは農業関係との関わりは薄いものとなっているように感じられます。とても大切なことなのに…。
 だれにどう評価されても(されなくても)自分のもてる能力で日々、勤めていくしかありません。

 ただ、一人一人の力量は必要ですが、普及員が持てる個性のみで仕事をする時代ではなくなりました。組織で事にあたっていくしかない時代になっています。
 民主的な組織でかつ強いリーダーシップのとれる管理職のもと、対外的に仕事を進めていくこと、これにつきるのでしょう。

 「つくば」から帰福してから、現実の社会に立ちかえり、ふとつぶやく愚痴でした。
 ちなみに今回の外部評価委員長は福井県立大学 北川太一准教授でした。  H19.12.6

井上照美

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イギリスの休日 vol.1

はじめに
 現在、事務所の運営業務に明け暮れ、少しも農村生活に関するご報告ができない私に岐阜の福田女史からイギリスの話を紹介したらという提案がありました。臆面もなく、恥をご紹介いたします。

イギリスの休日
1 期間: 平成18年9月26日〜10月4日
2 旅行先: イギリス(ロンドン・ウェールズ南部)
3 日程と内容:

(1) 9月26日(日本からイギリスへ)
 6時24分発のサンダーバード乗車。京都ではるかに乗り換え。関空の三井住友銀行で1万円両替。1ポンド240〜250円。両替後、ふと通路一つ挟んだ泉州銀行では1円くらいの差がある。ロンドン市内の両替はこの1円くらいの差でなく、手数料が0円だったり、10%だったりバラバラ。イギリスは物価が高い。
 関空発11時45分JALにてロンドンへ。時差8時間。飛行時間12時間。機内は快適。ただし真ん中の座席で狭い。(エコノミー症候群!!)機内には背もたれで画像が見られ、映画・ゲーム・進路・機外の様子など楽しめる。救命具の着け方もこの画像で説明される。健さんはマージャンゲームを楽しんでいた。私は例によってZZZ……。機内食もまあまあ。
 ヒースロー空港着16時15分(イギリス時間)。時間を得した気分。地下鉄は妙に暑い。こちらは気温が高めらしい。ヒースロー飛行場からロイヤルナショナルホテルまで地下鉄を使用する予定だったが、直通の地下鉄路線にトラブルあり。こうした地下鉄のトラブルも日常茶飯のようだ。ヒースローコネクトという汽車と地下鉄を使ってホテルへ。ぐったり。
 ホテルに隣接するBARでフィッシュアンドチップスとビール(エール)を食す。チップス=フライドポテトだが、ここのはさっぱりからっと揚がっていてまあまあ。しかし、味付けは客が好みで塩こしょう、ソース、酢をかけるようになっている。でかい白身魚のフライと山盛りのチップスだったがこれで5.5ポンド=1,300円以上とは暮らしづらそう。


(2) 9月27日 (イギリス ロンドン)
 ロイヤルナショナルホテルの横の公園。
 高い木が茂り、心地よい。この日も気温は高め。
 ホテルの食事はコンチネンタルで少々さみしい。次の宿では伝統的なイングリッシュスタイルだ!!
 宿は2日目も同ホテル。荷物を預けて待望の大英博物館へ。世界各地から歴史遺産を集めた博物館が入場無料。志を入れるBOXは入口に設置されている。さすが大英帝国。昔日にはミイラ発見を目指し、フランスと競争(今もそうなのかも)していたというが、古代オリエントと地中海の世界からの収集品には圧倒される。
 船に乗せ、運搬してきた方法を推測するだけでもわくわくするような石造物がごろごろと展示されている。また石に彫られた壁画もそれを切り出して持ち帰ったものが年代毎にいくつもいくつも並べられている。(歴史に詳しい方がみれば整然と整理されていることが理解できるであろうが、世界史の知識の乏しい身にはひたすら石造物の大きさと精巧な細工に感心するばかり)見学もかなり体力を要する。午前2時間見学後、昼食休憩をとり午後2時間見学しても全館制覇はギブアップ。大英博物館の入口。かなりの経費をかけた偉大な国家事業も、現在の「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」では館の維持経費だけでも大変だろう。管内には修学旅行・遠足といった子供たちも多い。また、高校生もしくは大学生たちであろうか、石造スケッチ者も目立つ。現在でもメソポタミア等で発掘作業が継続されている。こうしたもの以外にブリテンの古い時代のもの、アジアの展示物も多く、日本の国立民族博物館以上である。
 博物館前の通りには一番お得な両替所があったが、日本円の感覚で買い物をすると「こんなもので何故この金額だ?!」となる。
 お楽しみの昼食はキドニーパイ(羊肉を煮込んだものをラードで練りこんだパイ生地に包んで焼いたもの)とローストビーフとフライドポテト。ラードのパイ生地は重い。ローストビーフもソースがせっかくの肉を不味くしているといったら申し訳ないか?でも塩・こしょうだけの方がいいが。ビーフよりフライドポテトが皿にどんと鎮座している。
 この後、全てのレストランで日本のように水がさっとでてこない(外国では当然だが)ことがとても残念。これでお水がごっくんとできたらと思う場面が実に多かった。野菜については生でちぎって並べてあるだけ。
 右写真は大英博物館前でお疲れの私。
 ロゼッタストーン型のチョコも館の博物館売店に。ネルソン提督率いるイギリス艦隊に万歳!
 ホテルで一休み後、19時過ぎに市街へ繰り出す。(なかなか日が沈まない)博物館での疲れのせいかアラブ系のあんちゃんが作る屋台のホットドックを購入。(炒められたタマネギの匂いにフラフラ)タマネギだけはおいしかったがソーセージ はまずい。パンも今ひとつ。妙なホットドックで空腹感がなくなってしまい、軽い夜食とする。近くの24時間ストアでサラダ、リンゴ、鮭をはさんだサンドイッチ、ワイン、ミカン。
これで2,500円くらいとは……。
 サンドイッチ、サラダはマヨネーズ類の油が濃く口が粘る感じだが、果物は美味。
 ホテルは歯ブラシなどの小物は不備だが、疲れてぐっすり。しかし、夜中2時すぎに警報機が鳴り響いた!!一大事と服を身につけ、荷物を急ぎリュックに入れ、6階から外へ。1階の大きな中庭に200数十人、数分間で宿泊客が全員でてきたと思われるが(中にはパンツ一つで裸足の若い男性も)ホテル側の説明は無い。一台来ていた消防車もすぐに帰り、客はほどなく階段で部屋に。騒いでいたのは、カードキーをそのままにして脱出してきた客のみ。ホテルからは翌朝にも説明や侘びは一切なし。日本との違いをひしひし。
 28日の宿を予約した。最近はインターネットで予約するのが当たり前になっているようです。

井上照美

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イギリスの休日 vol.2


ロンドンパディントン駅
(3)9月28日(ロンドンからカーディフへ)
 ロンドン⇔カーディフの汽車の往復券を購入。一人約13,000円。福井⇔関空で11,000円と比較するとひどく高い。(イタリアでは汽車賃はもっと安価だった!)
だが、さすが鉄道の国、汽車は速い。2時間で約230kmを走る。写真はロンドンパディントン駅。ロンドン中心部から離れるにつれ、車窓からは羊、牛、馬がのどかに草を食む牧場が広がる。
 カーディフにはウェールズ国民議会が設置されるウェールズの首都。さすがに賑やかな町。駅名にも両方の表示があったが、いたるところに英語と一緒にウェールズ語も表示されている。
 宿(トラベロッジカーディフセントラルホテル)に荷物を預け、まずはカーディフマーケットを見学。肉・魚・野菜・菓子・惣菜・日用雑貨・アクセサリーに混じって飲食するコーナーもある。もっと驚くことには、飲食コーナーの隣にペット屋さんもある。鳥類、うさぎ類、さすがに犬猫はいなかったが。写真は野菜を売る店の一つ。野菜の 種類はアジアの市場に比べ少ない。もちろんペット屋さんには袋に入った餌もたくさん販売されている。
 コーニッシュパイを購入。電子レンジであたためてくれる。パイ皮にはやはりラード使用。脂でぎとつく感じ。

野菜を売る店の一つ
 市街の真ん中に位置する「カーディフ城」。イギリス人の書いたガイド本では1世紀半ばの基礎に19世紀に再建されたためか評価はさほど高くない。
 しかし、石でできた城は子供の頃読んだアヌセーヌルパンの「そっくりな家をモチーフにした話」などを思い出す。城の中は精巧な壁画や化粧室、童話の描かれた子供部屋など目を見張るものばかり。広間は結婚式に貸し出しも可と案内の女性は説明を加えた。
 城の庭には何故か孔雀が
 10数羽自由に飛び回っている。
 城の地下食堂ではお茶も提供される。
 インフォメーションでもらった地図を頼りにレンタカーの場所を探す。市内のミレニアムスタジオ(1999年のラグビー・ワールド・カップ用)を回ってAVISへ辿り着く。古くから石炭の積み出し港でにぎわった町カーディフもこうしたスタジオ設置などといった国策で活気を取り戻しているという。
 FIAT(イタリアの車)を予約。金曜から日曜の朝まで借りて78ポンド。(約19,000円。このうち22ポンドは保険料。日本と同じくらいの金額とのこと。)、車も借りて明日の予定を考えながら 市内のBARにて夕食をとる。
 ローストチキンとラムステーキどちらも若い兄ちゃんが調理してくれる。オープンの調理コーナーには電子レンジ、オーブンなど並んでいるが、野菜の付け合せはいずれもチンらしい。ローストチキンも何度もオーブンを開け閉めしていたが、所々黒こげパサパサ味。付け合せのフライドポテトはたっぷり。ホテルは100室もあるりっぱなものだったが、残念なことに夜中2時頃、隣接するBARが喧しかった。

井上照美

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イギリスの休日 vol.3

(4)9月29日(カーディフからブレコンへ)
 トラベロッジカーディフホテルの朝食は伝統的イングリッシュブレックファスト。調理してくれたのはこれまた若い男性。目玉焼きは黄身が流れ、スクランブルエッグはこれでもかとかき混ぜた跡が感じられるものでした。

ベークドビーンズ(ケチャップ味)、ベーコン、ウィンナー、ジャガイモのフライ。
ジュース、ヨーグルト、紅茶、コーヒー等々。果物もセミノールなど豊富。
 何食か食したところで、イギリス人は「食べ物の味なんかどうでもよいという人が多いのでは」ということに気づいた。きっと満腹になれば歩きながらサンドイッチでもよい、揚げ菓子でもよいのである。こういう国民であれば自給率向上もたやすい。国産品を若干安くすればほとんどの国民は、(たとえ味が落ちるとしても)それだけで国産を選択するに違いない。
 ホテルからAVISまで雨の中を歩く。ウェールズ人は雨なんかものともしない。傘をさしている人はチラホラ状態。
   ウェールズ民族博物館へ。カーディフから西に6km。昔からの干拓の歴史、農具の発展、製粉施設の発展について詳細な展示。
 昔の農家等の家もそのまま移築され、そのままの暮らし方を展示している。昔からスターホィールも存在していた。17〜19世紀の衣装も飾られている。衣装を見ると日本人と背丈があまり変わらない様子が伺える。小雨にかかわらず 遠足の子供たちで賑わっていた。移築された昔の学校、農家、家畜小屋ではボランティアの方も活躍して説明等にあたっている。

農家と石積みの豚小屋
 博物館内のティールーム。
 甘いお菓子がずらり。
 民族博物館を後にブレコンへ。羊、牛がゆったり放牧されている風景がレンタカーの車窓からはずっと続く。飼料作物、菜種も広がっている。ブレコン・ビーコンズ国立公園にかかる付近から緩やかな丘のような山が広がる。残念ながらけむるような小雨。
 気温は最低が17〜18℃、最高が23〜24℃。雨のためかブレコンは若干涼しい。
 写真はけむってよく見えない丘の風景。
 人口7,000人の町だが、国立公園の中心であるため、宿泊施設、スーパーなど充実している。
 スーパーの品揃えも日本と遜色ない。肉類の加工品などはさすがである。またリンゴ一つみても9種類以上をかぞえる。長粒米など各種お米は並べられているが野菜の扱い。パンの種類も豊富。魚類だけは扱いが悪いのか生臭さが気になる。インスタント焼き飯など電子レンジ利用の食品も多い。菓子・ポテトチップスも大袋。ジャガイモは新ジャガがでまわっている。サイズ毎に分けてビニール袋に入れられているが、種類は少ないように感じられた。

 ブレコンの中心にある教会。

 教会の敷地内にあるレストランで
 お茶にする。
 スコーン、ジャム、生クリーム、
 バター、たっぷり紅茶。美味。

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 街中の男女の体格差は少ない。ウェールズでは日本人より小柄な人も存在する。ロンドンでは大柄な人が目立ったが。特に女性ではいずれのところでも肥満者が多い。勤め帰りのオバサンが道端でフィッシュアンドチップスを食していたりする。羊毛の国だが、ブレコンではフリースを着用している人も多い。
 夕食はウェリントンホテルでカレー料理とラムステーキのサンドイッチ(パンはイタリア風)。ホットなどと称していたがカレーは辛くはない。
 長粒米のサフランライスがカレーとよく合い、おいしい。フライにされたタマネギもカリッとしている。ラムステーキ入りのサンドイッチも今回の旅行中で一番!
 この店には若いカップルなど品のよい客が多く、やはりカレー料理、ラムステーキの注文者がめだった。
 私たちの宿泊先はBRUNAWELというB&B。

B&Bの全様
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近くの猫

B&Bの室内

井上照美

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イギリスの休日 vol.4

(5)9月30日(ブレコンからカーマーゼン経由 ブリッジエンド)
B&Bでの朝食。
目玉焼き、ウィンナー、ベーコン、
焼きトマト、ジュース、紅茶、トースト。
フレークも多種類。
 ゆっくりした朝の後、ウェールズ国立植物園に。国立にしては訪れる人の数が少ない。和洋の庭園モデルに沿って作られた数々の庭。地中海式気候の植物を集めたすばらしく大きい温室もたてられている。ウェールズの気候で各植物を管理するのはさぞやと思われる。植物園の隣には苗、苗木を販売するコーナーもある。
 規模はロンドンの王立植物園キューガーデンと同様だろう。
 庭園の中には家庭菜園モデルのような野菜畑も存在していた。
 植物園の中には栗もリンゴもなっていたが、実っていても収穫する様子はない。

レタス各種。

美しい花壇のスナップから。
左は植物園内の休憩所でいただいたジャガイモスープ。
小口切りのリーキも入っている。
暖かくてまあまあ。
しかし、塩コショウは客が加えるというスタイル。
最初に塩を入れるだけでもっとおいしくなるのに残念。

ブレコンからカーマーゼンの道中で。

カッパを着た牛?馬もカッパ着用が多い。
 カーマーゼンはアーサー王の伝説の魔法使いマーリンの故郷だが、なかなか趣きのある所である。
 宿泊はカーディフのAVISへのレンタカー返却を考慮し、ブリジェンドに宿泊することとなった。インフォメーションでERONSTON HOTELを予約。宿で荷物を置き、大西洋を見に行く。
   砂はかたく、海岸線にゴミはない。夕方なのにサーファーがどんどん来る。


 
 さて、土曜の夕食は自前調達。週末の買い物でごったがえすスーパーへ。
 パックすしも購入。
 冷蔵なのでパサパサ。
 豪華なホテルで妙な夕食。ホテルでは結婚式が2組もあげられていた。夜半大雨と大風。

井上照美

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イギリスの休日 vol.5

(6)10月1日(ブリジェンドからカーディフ経由バースへ)

 たっぷりのトーストを食べ、雨の中、カーディフへレンタカーを返却に急ぐ。カーディフ駅から途中下車で世界遺産を見に立ち寄る。
 途中下車にはアクシデントあり。昨晩の雷で電気系統に故障があったのか汽車の時間がひどくかかる。途中、車掌も状況が十分把握できなかったせいか説明はシドロモドロの模様。乗客もかなりおとなしく車内ですごしている。うーむ。驚きは、電車がバックして同じ線路を走ったこと!!行きつ戻りつ2時間もかかってバースへ。例によって宿の確保をし、市街へ。
 さてバースはおふろの語源になっている地名。たしかにローマ時代からの温泉が今も湧き出ていることがすごい。建造物も当時のものを礎に街全体が形成されていることもりっぱ。
 だが、温泉である。日本国内にはもっと温泉の歴史があるぞ、何で温泉が世界遺産だ!!
昔の温泉でもサウナなど現代とほぼ同様。無いのは滑り台?くらいか。

 昔は一番大きいこの温泉に天井があったという。風呂を囲むようにローマの将軍等の像も見られる。日本人観光客と多く出会った。この大きいプールのような風呂に加え、地下にサウナ等が広がる。
 女神ミネルバの頭など発掘されたものもずらりと陳列されている。
 建築に興味のある人ならホォーと感心するところであろう。町並みもかなり破壊されたといいながらも、石の文化のためか、イギリス人気質か修繕改装しながら住み続けられている。
 街の中心にあるカソリックの教会の塔に翻るのはイングランドの旗。
 イギリスに来たらイギリス料理と思っていたが、夕食にはついにイタリア料理!!

 おきまりのピザとパスタ。
 イタリアはおいしい!
 いろんな顔の観光客が多く、このイタリア料理店も混んでいた。
 建物の美しさもさることながら、公園の管理もきちんとされており、花に囲まれている。もちろんその美しい公園をささえるためのハウスがめだたない公園の裏側に存在している。

井上照美

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イギリスの休日 vol.6

(7)10月2日(バースからロンドンへ)
 休日も終わりが近づきロンドンの名所をめぐり帰路につこうとロンドンスイスコテッジに宿泊。地下鉄のむっとした空気にも慣れ、テムズ川沿いを歩く。

 大きなロンドンアイ。
 国会議事堂、ビッグベン、ウェストミンスター寺院等々、観光の中心。
 散策の途中に大雨となり、宿に戻る。
 不思議なことに傘をささないイギリス人がなんと多いことか。あれだけベタベタになったら困るだろうに。
 不思議といえばいずれのホテルにも冷蔵庫はない。地下鉄の構内にも冷房はない。猛暑で死者がでたというのもうなずける。BARでなまあたたかいエール(イギリスのビール)をなめながら会話を楽しむのが彼らの流儀だろうが。

(8)10月3日(ロンドンから関空へ)
 土産を市内のマークス&スペンサー等スーパー(一流のスーパーでもトイレは最低。ババッチィ)をまわって購入。おいしいチョコはスイス、ベルギー、フランス産。UK産はいまひとつ。
 一昨日のイタリア料理に続き、イギリス最後のお昼にタイ料理など食べてしまう。インディカ米でもお米がとてもおいしい。やはり日本人は、米食らいの民族なんだ!

   牛肉のカレー風味、鶏肉のタイ風スープ。春巻き等。

 18時55分発の関空行き。帰りは約11時間半。
ヒースロー空港のチェックはきびしい。テロのせいか、飛行場のつくり(入国者と出国者がごちゃまぜになる)のせいか、騒がしい空港だ。

 あっという間の休日終了。足に少し痛み(後日、尿酸値の異常。つまり痛風ですねぇ)がきたが今回の休日に感謝!

井上照美

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http://www.rircl.jp/ NPO法人 農と人とくらし研究センター